踊る地番と空き家の秘密
空き家の通知と奇妙な番号
町役場から一本の電話が入ったのは、梅雨が終わったばかりの蒸し暑い午後だった。 「地番が合わないんです」と役場の職員は言った。空き家の調査中、登記上の番号と現地のプレートがまるで違うらしい。 ありふれた相談のようで、胸騒ぎがした。こんなときに限ってサトウさんはアイスを食べていた。
調査依頼は町役場から
町役場の建物は昭和からそのまま時が止まったような造りで、廊下はミシミシと音を立てた。 担当者は分厚いファイルをめくりながら、「ここがその空き家です」と指差した。 だが、地番は確かにA地区135番と記されているのに、現地写真にはプレートが「B地区72番」となっていた。
地番が一致しない二つの家
二つの地番にまたがるように建てられたその家は、昭和50年頃に無許可で増築されたようだった。 おまけに、登記が途中で止まっており、最終所有者の名前が古い謄本にしか載っていなかった。 「まるでジョジョのスタンド能力みたいですね」とつぶやいたら、サトウさんに「わかりにくい例えですね」と冷たく返された。
消えた登記簿と紙の地図
謄本を追っていくと、平成の初めに土地が分筆された記録があった。だが分筆後の新地番が登録されたページだけがごっそり抜けていた。 「これは、、、誰かが意図的に抜いた可能性もありますね」と、役場の職員も表情を曇らせる。 紙の地図だけが頼りだったが、それも経年劣化で境界が不鮮明だった。
サトウさんの不機嫌な指摘
「シンドウさん、あなたまた気づいてないでしょ」と、サトウさんが腕を組んだ。 「A地区135番の所有者って、3年前に亡くなったあの松尾豊じゃありませんか?」 まさかと思い資料をひっくり返すと、確かにその名前が。地元では有名な古物商だった男だった。
地番変更の罠と時効取得
調べていくうちに、松尾の土地が別人によって長年使われ、固定資産税も支払われていたことが判明した。 つまり時効取得が成立してしまっていたのだ。しかもその人物は近所の不動産屋だった。 不動産屋の男は「いやー、昔からうちの敷地だと思ってまして」と飄々と笑っていた。
登記のすき間に潜む嘘
不動産屋の主張は半分本当で、半分嘘だった。土地の境界を曖昧にしておけば、いずれ自分のものになると踏んでいたのだ。 「カリオストロの城でも偽札を刷ってたけど、こっちは偽の所有権ってとこですね」と言ったら、サトウさんが「黙っててください」と一喝した。 やれやれ、、、俺はただ少し例えが言いたかっただけなのに。
もう一つの地番に隠された死
地番の裏に隠れていたのは、松尾豊の死の記録だった。死亡届は出されていたが、相続登記はなされていなかった。 そのまま空き家となった家に、近所の誰かが無断で住みつき、何食わぬ顔で固定資産税を払っていた。 これは単なる「放置された家」ではなく、法の目をかいくぐった「合法風な不法占拠」だった。
登記されなかった所有者の正体
さらに調べると、その不動産屋の裏にいたのは、かつて松尾の借金を肩代わりした建設会社だった。 所有権を奪うため、わざと登記手続きをしないまま、実効支配を続けていたのだ。 その証拠は、サトウさんが探し出した一通の借用証書だった。
空き家の名義人が語らなかった過去
借用証書には、建設会社社長の名前と松尾のサインがあった。日付は平成元年。 そこから何も動かないまま、30年以上が経っていた。 このまま時効取得を主張されれば、元の相続人は権利を失うことになる。
サトウさんの冷静すぎる推理
「相続人を探して、遺産分割協議をして、すぐに登記すれば間に合う可能性があります」 「間に合えば、ですが」とサトウさんは淡々と言った。 俺はその冷静さに感心しながら、ひとまず相続人探索の依頼を受ける決意を固めた。
最後にうっかりシンドウがひらめいた
その晩、事務所に戻ってから謄本を改めて見直していたとき、ふと表記ミスに気づいた。 「この地番、実は旧字体の『番』が使われてる。機械検索じゃ引っかからないわけだ」 サトウさんは無言で立ち上がり、俺の机にコンビニのアイスを置いた。「まあまあです」と一言だけ。
真実は一つでも書類は二つ
土地の所有権は、二つの書類にまたがっていた。一つは本物、もう一つは登記されなかった仮の契約書。 司法書士として、俺ができることはただ一つ。正しい手続きを地道に積み上げること。 怪盗ルパンみたいに華麗な解決はできないが、地味な真実をひとつずつ紐解くしかない。
地番が踊るとき司法書士は走る
この仕事は、時に踊るような地番の謎に振り回される。 だが、そんなときほど、司法書士の出番なのかもしれない。 書類に潜む嘘を見抜き、事実をひとつずつ正す。それが、俺たちの仕事だ。
解決の朝とサトウさんのため息
数週間後、相続人との協議がまとまり、登記が完了した。 役場からも感謝の連絡が入り、ほっとしたのも束の間、サトウさんがぼそりと言った。 「次は空き地の地番が空を飛ぶそうですよ」、、、やれやれ、次の事件がもう待っているらしい。