朝の電話と不可解な依頼
朝のコーヒーを一口飲んだところで、事務所の電話がけたたましく鳴った。受話器の向こうから聞こえてきたのは、年配の女性の声だった。
「すみません、私、土地を貸した覚えがないんです。でも、登記簿には他人の名前が……」
「それはまた厄介な話ですね」と口には出さず、心の中で深いため息をついた。
貸した覚えのない土地
話を聞くと、女性は数十年前に父親から譲り受けた土地が、知らぬ間に他人と共有名義になっていると言う。これは、まさに司法書士冥利に尽きる謎解きだ。
しかし、こうした話は得てして「ただの書類ミス」で終わるのが常。気乗りはしないが、調査に乗り出すことにした。
「やれやれ、、、こんな朝から推理モードとはな」
登記簿が示す奇妙な共有名義
法務局で登記簿を確認すると、確かに彼女の土地は、まったく無関係と思われる男性と共有状態になっていた。しかも、その共有者は十年前に亡くなっている。
この共有登記の設定日は平成4年。バブル崩壊後の混乱期で、登記の処理も雑だったという時代背景があった。
「昭和の残り香がまだ残ってますね」とつぶやきつつ、古い資料を漁ることにした。
調査の始まりと私のため息
事務所に戻ると、サトウさんが冷たい視線で迎えてくれた。「その顔、また厄介な依頼ですね」とでも言いたげだ。
「まあ、否定はしないよ。今回はちょっとややこしいかも」と答えると、「でしょうね」とひとこと。
サザエさんなら「また波平が怒鳴ってる」くらいの軽いノリだが、こちらはそうもいかない。
古びた登記簿の奥に隠された違和感
地元の資料館に保管されていた旧登記簿を調べると、ある一枚の謄本に目が止まった。筆跡が極端に違う箇所がある。
どうやら、登記申請書に添付された委任状が偽造されていた可能性が高い。これは刑事事件の匂いがしてきた。
「これはもう、司法書士というより探偵の仕事だな」そう思いつつ、さらに調査を進めた。
サトウさんの冷静な指摘
「先生、これ。所有権移転登記の添付書類に、奇妙な文言があります」
サトウさんが差し出したコピーを見ると、「委任者は口頭により同意した」とだけ書かれていた。ありえない。
「文書で残さずに口頭? 昭和の怪談か何かかよ……」と思わず毒づく。
亡き父の名が記された書類
被害者の女性が持参した古い遺産分割協議書を確認すると、共有名義の相手の名前がそこにも記されていた。
それは亡くなった彼女の父が、自身の親友に土地の半分を譲るという文言だった。
だが、本人は「そんな話、一度も聞いたことがない」と言っていた。となると……?
遺産分割協議書の矛盾
協議書の日付は父の死の直前だったが、署名捺印は別人の筆跡に見える。サトウさんが筆跡鑑定士に手配し、結果は「偽造の可能性が高い」。
親友を名乗る人物が、勝手に遺産に名を連ね、登記を通していたらしい。
動機は何だったのか——金か、恨みか。
過去の事件と現在の影
町の古老を訪ねると、共有名義の相手と被害者の父親は確かに知人だったという。だが、それは「とても一方的な片思いのような関係」だったそうだ。
「あいつはな、なんでも欲しがるやつだった。人の物でも、人の家でも、人の娘でもな……」
昭和の昼ドラもびっくりのドロドロが垣間見える展開になってきた。
昭和の時代に起きた未解決の土地トラブル
昔、似たような登記の改ざんがあったが、泣き寝入りで終わったという記録を見つけた。どうやら当時は裏で土地を取り合う小競り合いが多かったらしい。
その中で今回の事件は、たまたま時間差で発覚したに過ぎなかったのだろう。
だが、それだけでは終わらせたくないのが、私の性分だ。
地元住人が語る不吉な噂
「あの土地はな、手を出した奴はみんなおかしくなるって言われてたんだよ」
地元の雑貨屋の老婆がポツリと漏らした。まるで怪盗キッドの呪いでもあるかのような話ぶりだ。
しかしその言葉が、真相を掘り起こす鍵になった。
犯人が隠した動機
真犯人は、親友を名乗っていた男の息子だった。父の無念を晴らすために、自分の父の名を使って土地を奪い返そうとしたのだ。
つまり、土地に対する執着は、二代にわたって引き継がれた「歪んだ正義」だった。
犯人の供述には「父を馬鹿にしたあの女を許せなかった」と書かれていた。
名前を偽った真犯人
父の名義を使い、死者を登記に残した。亡霊に成りすましたその手口は、まるで漫画の怪盗のようだ。
「でもな、怪盗キッドは人を傷つけたりしないんだよ」私はそう言って、最後の書類に印を押した。
これで、事件は終わりだ。
そして事件の結末へ
被害者の女性に報告を終えると、彼女は静かに涙を流した。「父の土地が戻ってくる、それだけで充分です」と。
不動産の所有権は、ただの権利に見えて、時に人の感情をかき乱す。
それでも、登記簿は真実を残し続ける。不変の証人だ。
登記簿が明かした真実
最後に行った法務局で、訂正登記の処理を終えたとき、ふと「記録とは、記憶を超えるものかもしれない」と思った。
人が忘れても、紙と印鑑は真実を語る。その静かなる叫びを、私は聞き届けただけだ。
事件は終わり、静寂が戻った。
やれやれの一日とサトウさんの一言
事務所に戻ると、サトウさんがため息交じりに言った。「また事件解決ですか。もう少し地味な依頼がいいですね」
「まったくだ。俺、司法書士なんだけどな……」
やれやれ、、、今日もまた探偵役をこなしてしまったようだ。