登記簿が語らなかった家の真相

登記簿が語らなかった家の真相

雨の日に届いた奇妙な依頼

朝から土砂降りだった。そんな日に限って、訪問客がある。 びしょ濡れの黒いレインコートを着た女性が、事務所の扉を叩いた。 「登記に関する相談です」とだけ言い、分厚い封筒を机に置いて帰っていった。

無言の女性と手渡された封筒

中には古い登記簿謄本と、手書きの相続関係説明図。だが名前の線が途中で不自然に切れていた。 戸籍類は一切なく、依頼書すらない。まるで「謎を解け」と言わんばかりの資料だった。 それでも依頼を受けてしまうのが、俺の悪い癖だ。暇じゃないのに。

サトウさんの鋭い一言

「これ、相続登記にしては妙に名義が飛んでますね」 サトウさんが手元のコピーを指差す。「この人、存在してない可能性あります」 やれやれ、、、また面倒な話になりそうだ。

不自然な土地の名義変更

件の土地は、山間の集落にある古家付きの宅地だった。 数年前に一度名義が移っているが、その直前には所有者の死亡記録がない。 つまり、生きていることになっている人間が、名義を変えているのだ。

登記簿に刻まれた二つの名前

昭和から平成初期にかけての所有者名と、平成末期の名義人が一致しない。 間に挟まった“存在しない相続人”が、そのまま誰かの手で飛ばされた痕跡がある。 それにしても、なぜ誰も気づかずに済んだのか。名義変更には司法書士が関与しているはずだ。

消えた前所有者の謎

前所有者とされた人物の住民票を追うと、10年前に除票扱い。 死亡記録はなく、行方不明のままだった。だが、そこに記された転居先の住所が、現在の依頼人と一致していた。 つまり、彼女はこの「消えた人間」の家族か、それとも、、、。

閉ざされた空き家の記憶

古家は雨の中で黙って立っていた。窓は板で打ち付けられ、雑草が玄関を覆い尽くしていた。 近隣住民に話を聞こうにも、まともに取り合ってくれない。まるでこの家だけが時間から切り離されていたようだった。 俺は玄関先に立ち、野球部時代に培った勘で感じ取った。「ここ、隠してるな」と。

隣人が語る過去の不審火

「昔ね、火が出たんです。夜中に煙が見えてね……でも誰も通報しなかった」 そう語る老婆は、遠くを見つめながら手を震わせた。 「だってあの家、ずっと誰も住んでないはずだったから」——つまり、何かが燃やされたのだ。

裏庭に埋められたもの

市役所の地籍図と照らし合わせると、裏庭の地形が微妙に変わっている。 スコップを持って土を掘ると、そこから古びた金庫と骨董品の陶器が出てきた。 だが、それ以上に不自然だったのは——金庫の中にあった昭和の死亡診断書だった。

元野球部のカンが働く

俺の読みが正しければ、この死亡診断書は意図的に隠されたものだ。 つまり、死亡の事実を隠して相続を止め、名義変更を操作した人物がいる。 サザエさんで言えば、ノリスケが陰で波平の財産を横流ししてるような話だ。

これは三遊間のトリックだ

俺が考えるに、名義を飛ばした手口は「三遊間のゴロ」だ。 意図的に処理しづらい相続人を挟み、そこを誰も捕球しないことでボール(名義)を後ろへ通す。 結果として最後に得点したのは、現在の名義人。つまり依頼人だった。

登記と事件が交差する瞬間

法務局の閲覧室で見つけた旧登記簿には、ある司法書士の名前があった。 今は廃業しているその人物こそ、すべての調整役だった可能性がある。 俺はその人物の旧事務所を訪れ、焼け残った帳簿を見つけた。

サトウさんが突き止めた嘘

「この印鑑証明、依頼人の名前じゃありませんよ」 サトウさんが差し出したコピーには、亡くなったはずの“前所有者”の署名が。 つまり依頼人は、偽造された書類で名義を得ていた。

相続放棄と仮登記のカラクリ

さらに調べると、相続放棄の記録も偽装だった。仮登記で繋いだ名義の裏に、二重の申請がなされていた。 これは完全に意図的な登記詐欺。被相続人の死亡を隠し、時効を利用して第三者への譲渡に見せかけたのだ。 「これ、警察に行きますね」とサトウさん。即答だった。

真実と法の狭間で

依頼人は罪を認めた。だが、こう語った。「父はこの家に閉じ込められて死にました。私はそれを証明したかった」 真実を語るには、嘘の登記が必要だったのか。俺には答えが出せなかった。 「やれやれ、、、俺にしちゃ上出来か」。俺は空を見上げ、濡れたコートを脱いだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓