登記簿が映した過去の影

登記簿が映した過去の影

朝の電話と依頼人の不在

無言の着信と不審な声

ある朝、事務所の電話がしつこく鳴り続けた。受話器を取ると、しばらくの沈黙の後、かすれた声が一言だけ言った。「登記簿を見てください」。そのまま電話は切れた。非通知だった。

サトウさんの塩対応と的確な推理

「無言電話に構ってる暇、あります?」サトウさんは冷たく言い放ち、机の上の書類をバサッと置いた。でもその目は、すでに何かに気づいているようだった。「過去の登記簿を一通り出しましょうか」と言われて、僕は反射的に頷いた。

古びた登記簿の違和感

平成十年に消えた名義人

市役所の古い登記簿には、ある土地の名義が平成十年に抹消されていた。理由欄には「所有権放棄」とだけある。だがその後の登記がない。まるでその土地が放置されたまま、誰にも触れられていないかのようだった。

登記官の曖昧な記憶

登記官の老職員に尋ねると、「あの頃は、いろいろ適当だったからねえ」と苦笑いを浮かべた。記録の端に書かれた補足メモは、今ではもう誰も読めないような達筆で、内容も曖昧だった。

空き家のはずの家に灯る明かり

夜の調査と影の人影

その土地にある家は空き家扱いだったが、夜になると明かりが灯っていた。念のため現地へ向かうと、二階のカーテンの奥に人影が動いたように見えた。まるで誰かがこっそり暮らしているようだった。

不法占拠かそれとも

「これは民事じゃ済まないかもですね」とサトウさんは冷静に言った。不法占拠、もしくは、もっと複雑な事情があるのか。調べるほどに、家の存在そのものが怪しくなってきた。

過去の登記と現在の謎

合筆登記の罠

気づけば、当該地は過去に隣地と合筆され、数年後に再分筆されていた。だが、その過程で一筆が意図的に登記漏れしていた可能性があった。まるで、誰かが意図的に名義を宙ぶらりんにしたような跡が残っていた。

サザエさんの家のような錯綜した相続関係

昔の戸籍をたどると、祖父・父・妹・そのまた従兄弟と、もうまるで磯野家もびっくりな相続関係が浮かび上がった。誰が誰の相続人か、途中から僕でも分からなくなった。

手がかりは旧名と印鑑証明

本籍地に残された戸籍の断片

やむなく本籍地の役所に照会をかけると、昭和時代に結婚で改姓した人物の旧姓が登記簿と一致した。件の土地の元名義人だった女性が、実は別の姓で今も生存している可能性が出てきた。

旧姓で隠されたもう一つの人生

その女性は名を変えて生きていた。理由は聞かずともわかった。彼女はかつての家庭を捨て、新しい人生を築こうとしていた。登記簿に残された「旧姓」は、過去を完全に断ち切れなかった証だった。

不動産業者との接触

名義変更の裏に潜む思惑

ある地元の不動産業者がその土地を「安く買いたい」と熱心に動いていた。相続関係が曖昧な物件は、目をつけられやすい。だが裏を返せば、すでに誰かが意図的にその状況を作っていた可能性がある。

土地売却の加速と秘密の動機

売却話が急に進み出したのは、不動産業者が一部の相続人にだけ接触していたからだった。彼らは一人の高齢女性の失踪をきっかけに、この土地を「空き地」として利用しようとしていた。

浮かび上がる家族の秘密

兄妹を装った関係

戸籍の記録を精査すると、ある二人の関係が「兄妹」ではなく「叔父と姪」だったことが判明した。年齢が近く、養子縁組が絡み、長年そう思い込んでいたらしい。事実が複雑に交差していた。

亡き父のもう一つの顔

亡くなった父親は、生前複数の家庭を持ち、複数の名義で土地を購入していたようだった。それが「登記簿の影」となり、今になって浮かび上がってきた。やれやれ、、、死人に口なしとはよく言ったもんだ。

サトウさんの推理と過去の照合

閉ざされた倉庫に残された遺品

倉庫に残されていたのは、古びた印鑑と一冊の日記帳だった。そこには、かつての名義人の心情が綴られていた。土地への執着と、家族への失望。そして新しい生活への希望がにじんでいた。

登記簿の端に書かれた走り書き

あの古い登記簿の端に、鉛筆で書かれていた一文。「この土地はあの子に」。その「あの子」が誰かはもう分からない。でもきっと、名義よりも大切な想いがそこにあった。

やれやれ過去までさかのぼる羽目になった

真実にたどり着くまでの道のり

「司法書士ってのは、書類だけ見てりゃいい仕事じゃないんですね」と、ため息混じりに呟いた。実際、書類の向こうには人間の業が詰まっている。今回は特に濃かった。

登記の記録が暴いた人間の弱さ

記録は正確だが、人間は不正確だ。抹消も、移転も、合筆も、そこに至るまでの経緯は、誰にも消せない。だからこそ僕らの仕事が必要なんだろう。

事件の結末と静かな朝

依頼人の正体と嘘

あの電話の主は、実は土地の本当の所有者だった。ただし、それを名乗ることも、戻ることも望んではいなかった。ただ、最後にひと目、過去を見つめ直したかっただけなのだ。

そして登記簿は語り続ける

事件が終わった朝、いつものようにコーヒーを淹れていたら、サトウさんが言った。「次は、もっと簡単な登記依頼がいいですね」。まったくだ。でもきっと、また何かが起こる。登記簿は、語り続けるから。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓