登記簿が語った偽りの遺言

登記簿が語った偽りの遺言

登記簿が語った偽りの遺言

朝一番の来客

朝のコーヒーをすすりながら、今日こそ静かに書類整理でもしようと思った矢先、事務所のドアが開いた。 深いため息と共に入ってきたのは、初老の女性とその弟と名乗る中年男性。どうやら遺言書の検認と、遺産分割協議について相談したいとのことだった。 コーヒーの味が一気に苦くなった気がした。

嫌な予感しかしない遺言書の検認

持ち込まれた遺言書は公正証書遺言だった。だが、添付された写しには妙な箇所があった。 相続分の記載が、どうにも不自然なのだ。姉には全財産を、弟には何も渡さないと書かれている。 しかも弟は淡々としており、不満そうな素振りを全く見せない。こういう時、逆に警戒しないといけない。

サトウさんの静かな違和感

筆跡と印影に仕掛けられた罠

サトウさんがファイリングしながらぼそっと言った。「印影、ちょっと変ですね」。 言われてよく見ると、公正証書遺言に押された印影が、本人の印鑑証明と微妙に異なっていた。 素人なら気づかない差。でも、プロの目はごまかせない。

法定相続情報に現れた矛盾

提出された法定相続情報一覧図を見ると、戸籍に抜けがあることに気づいた。 異母兄弟が一人、完全にスルーされていたのだ。故意でなければ、普通はありえないレベルの漏れ。 これは誰かが、意図的に「存在しないこと」にしようとしている。

依頼人の嘘と沈黙

姉弟の確執と登記原因

かつての実家を巡って、姉弟は激しく対立していたという。 だが、弟が黙って遺言書を受け入れている理由がわからない。そこに、何か大きな取引があったはずだ。 登記原因に書かれた「遺贈」は、誰かの都合で作られたものかもしれない。

田舎の風習と相続登記の死角

この地域では、遺言よりも「長男が家を継ぐ」文化が色濃く残っている。 だが、その長男は今回、相続の対象に入っていない。これは地域の感覚からしてもおかしい。 となれば、やはりこれは計画された遺言、つまり偽装の可能性が高い。

司法書士としてできること

供述調書から拾った些細な事実

家庭裁判所に提出された調書を精読していくと、ある文言が目にとまった。 「入院中に訪れたのは娘と弟だけだった」――つまり、姉は遺言作成時に同席していなかった可能性が高い。 これは遺言の成立過程に疑義がある証拠になりうる。

登記事項証明書が示す真実

最後に確認したのは、故人名義の不動産の登記事項証明書。 相続による所有権移転登記がされているはずが、なぜか一度弟名義を経由していた。 つまり、遺言書以外に、隠された「贈与契約」か「仮装売買」があった可能性が浮上した。

遺産分割協議の裏側に潜む思惑

亡き父のメモ帳が語る真相

事務所に持ち込まれた古いメモ帳。その中に「本当は長男にすべて渡すべきだったが、姉に頼まれた」との一文が残されていた。 これで合点がいった。父は、家族のバランスを取るために本心と違う遺言を残したのだ。 姉はそれを逆手に取って、自らの名義に変えていた可能性が高い。

確定日付の意味と威力

登記に使われた遺言書には、確定日付がない。これは致命的だ。 遺言の存在を証明するには、確定日付が法的に重要になる。 ここを突けば、司法書士として介入する正当性がある。

やれやれ俺の出番というわけか

サザエさん方式の推理開始

「やれやれ、、、こうなったらやるしかないか」。 そうつぶやきながら、俺は登記簿、戸籍、遺言書を机に並べた。 脳内にはサザエさんのオープニングが流れている。全部つなげて見えてきたぞ、犯人はあいつだ!

ダミー登記と本当の所有者

弟が一度受け取った不動産は、すぐさま姉名義に変えられていた。 これは“仮装登記”の疑いが強い。名義を経由することで、登記簿から疑惑を消す狙いだったのだ。 だが、司法書士は登記簿だけで終わらない。背景を読む仕事だから。

すべては優しい嘘のために

最後に登記を動かした人物

結局、すべての登記申請を行ったのは弟だった。 姉の指示で動いていたが、実際は兄への想いを胸に抱えていたのだ。 彼の本当の目的は、「兄の名誉を守る」ことだった。

笑顔で受け取った登記識別情報

事件が落ち着いた後、姉は登記識別情報通知を受け取った。 その表情は、少しの後悔と、少しの安心に包まれていた。 彼女もまた、父の本心に気づいていたのかもしれない。

遺言と家族と小さな救い

姉の涙と弟の決断

最終的に、姉は自らの名義を兄に戻すと申し出た。 その場面で、初めて彼女が涙を流すのを見た。 弟はその背中を静かに見つめ、ただ一言「ありがとう」と言った。

登記簿の行間に残る想い

事件が終わった後、俺は静かに登記事項証明書を閉じた。 紙の上には書かれていないが、確かに人の想いが残っている。 登記簿という記録は、時にその沈黙の中で叫んでいるのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓