登記簿が示す嘘の残響

登記簿が示す嘘の残響

古びた家と一通の依頼

秋の風が吹き抜ける午後、事務所に一本の電話が入った。声はかすれていて、まるで長い旅を経て届いたかのように聞こえた。「昔の家の名義について相談したい」とだけ言い残し、住所を告げて切られた。

手元のメモに書かれた住所は、山奥の過疎集落。サトウさんに目をやると、すでに地図を調べ始めていた。

どうにも引っかかる。過去にも何件か、同じ地区で複雑な相続や共有持分の問題があった記憶がある。

電話の向こうのかすれた声

「…ここは、もう誰も住んでないんです」 その声は、どこか懐かしさを含んでいた。だがそれ以上の情報はなかった。私は依頼者の名すら確認しないまま、現地へと足を運ぶことにした。

「昔の家」とは、何を意味するのか。登記簿を開く前に、その現場を見たくなったのだ。

サトウさんの冷静な分析

「このあたり、10年前に山林の買い占めがありましたね」とサトウさんは言った。

パソコンの画面には、怪しい法人名義が複数並んでいる。「名義人が同一人物なのに別人として扱われている形跡があります」と、静かに続けた。

どこかで聞いたような展開だ。これは、怪盗キッドじゃなくて“怪盗キトク”の仕業かもしれないな…と、心の中でくだらないことを呟いた。

現地に残された違和感

朽ちた木造の一軒家。庭には手入れのされていない柿の木。家の前で、小柄な老女が座っていた。

「お越しいただいて、ありがとう…」と、その人は深々と頭を下げた。

すでに過去になった時間が、そこには静かに流れていた。

家の前で待つ老人の影

「私が生まれた家なんです。でも、名義は…他人の名前になってるみたいで」

そう言って手渡されたのは、昭和50年代の固定資産税の通知書。

それだけでは何も断定できないが、不自然に思えた。名義変更がされていないのか、あるいはされたうえで更に誰かに渡ってしまったのか。

登記簿に残る奇妙な空白

事務所に戻って確認した登記簿。所有者欄には、昭和の終わりに記録された名が最後となっていた。

その後に続くはずの相続登記はどこにもない。さらに奇妙なのは、その名義人の住所が、現存しない番地だったことだ。

「やれやれ、、、またか」私は思わず独りごちた。こういう事例が一番厄介なのだ。

名義人の不在という謎

登記上の名義人は故人である可能性が高い。しかし、死亡届も戸籍上の記録も見つからない。

サトウさんが役所に照会をかけたが、返ってきた答えは「記録なし」。

これはつまり、名義人が意図的に消された可能性があるということだ。

過去の相続登記の落とし穴

この家の先代が亡くなった際、相続登記がされなかったことで、第三者による不正登記の余地が生まれた。

相続人が複数いたが、連絡がつかず、空白のまま数十年が過ぎたのだ。

そして最近、突然法人名義に変更されていたという事実が浮かび上がった。

過去の名義人と現所有者の関係

所有者変更の申請書を精査したところ、委任状が添付されていた。その差出人の署名が、旧名義人の娘とされている。

しかし、その人物はすでに10年前に死亡していたことが判明する。

つまり、その委任状は偽造だった。

古い戸籍に浮かぶ知られざる名前

昭和30年頃の戸籍に、一度も登記に現れなかった兄弟の名が記載されていた。

そこから辿ると、ある怪しい司法書士名が複数の不動産で関与している記録が見つかった。

「まるで探偵漫画の黒幕みたいなやつですね」とサトウさんが呟いた。彼女の目は本気だった。

養子縁組と仮登記のトリック

その司法書士は、養子縁組を使って「相続人になりすます」手法を用いていた形跡があった。

仮登記を通じて優先的に所有権を確保し、すぐに別法人に譲渡して証拠を消す。

まるで、登記簿を使ったトリックアートだった。

サトウさんが見抜いた一枚の証拠

登記に添付された委任状の筆跡。サトウさんはスキャナで拡大し、「同じ書類の別案件と一致してます」と断言した。

彼女の手元には、他県の登記資料のコピーがあり、そこにも全く同じ署名があった。

それが、すべてをひっくり返す証拠だった。

委任状の筆跡と日付

日付も奇妙だった。公証人の認証があるはずなのに、押印された日付が祝日。

つまり、公証役場が開いていない日に書かれたというわけだ。

誰かが、知識を利用して堂々と不正を重ねていた。

真犯人の目的と計算

調べていくうちに、背後に不動産ブローカーが絡んでいたことがわかる。

山林や空き家を安く仕入れ、都市部の法人に高額で転売していた。

そのためには、少しぐらい登記簿が嘘を語っていても構わなかったのだ。

不正登記で狙われた土地

問題の土地は、今後リゾート開発計画があるエリアの一部に含まれていた。

「なるほど、価値が出る前にかすめ取ったわけか…」と呟きながら、私は苦笑いした。

昭和の終わりに仕込まれた種が、今になって実を結ぼうとしていた。

司法書士の逆転の一手

私は即座に法務局に照会をかけ、偽造の証拠を添えて申立書を提出した。

加えて、不動産登記法第98条に基づく職権更正の検討を求める内容にした。

この一手が、名義を白紙に戻すきっかけになると信じていた。

登記官への照会と決定打

登記官は証拠の筆跡照合に注目し、精査を約束した。

そして数日後、「当該登記は抹消対象として扱われる可能性が高い」との回答が届く。

こうして、不正は静かに崩れ始めた。

そして語られる真実

老女は、長年音信不通だった兄が不正の中心人物であったことに涙をこぼした。

「家を、取り戻してくれてありがとう」と何度も頭を下げた。

私は、それに応える言葉を持たなかった。

老女が抱えていた家族の秘密

家族の中で唯一、相続を放棄したつもりだった兄。だが裏で動いていたのは彼自身だった。

「兄さんは、ずっと土地に執着していたのかもしれません…」老女の声は震えていた。

それでも、彼女は涙の中にわずかに安堵を浮かべていた。

静かに幕を閉じる結末

私は事務所に戻り、椅子に深く腰を沈めた。サトウさんはすでに次の案件の整理をしている。

「お疲れさまでした」と言われることもなく、いつも通りの空気が流れていた。

やれやれ、、、こっちも昭和の亡霊と戦う羽目になるとはな。思わずそう呟いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓