依頼人が語った小さな違和感
亡くなった父の名義変更を巡って
「父が亡くなりまして、実家の名義変更をお願いしたいんです」 年配の女性依頼人は、淡々とそう口にしたが、どこか目が泳いでいた。 僕は、ふとした違和感を感じながらも、書類を手にとって目を通す。
相続人は三人だけのはずだった
提出された戸籍には、母と妹、そして依頼人本人の名前。 「長女が一人、行方不明で…もう二十年にもなります」 その言葉に僕は、妙な既視感を覚えた。記憶の中で何かが引っかかっていた。
登記簿に潜んでいた奇妙な記載
平成元年の所有権移転の謎
古い登記簿を調べていると、平成元年に一度、父から誰かに所有権が移っていた形跡がある。 だが、わずか半年後に再び父名義に戻っていた。 しかもその間の登記理由が「贈与」となっているのだ。
存在しない抵当権の不自然な抹消
さらに、登記簿には抵当権の記載と、それを抹消した記録があった。 しかし、その金融機関名は存在せず、抹消の証明書類も揃っていない。 不動産のプロなら気づかないはずがない…つまり、意図的に隠された情報だ。
訪れた実家に残された違和感
取り壊されたはずの離れの図面
依頼人の実家を訪ねた時、僕は古い建築図面のコピーを持っていた。 そこには、現在存在しないはずの「離れ」がしっかりと描かれていた。 「火事で焼けたんです」と依頼人は言ったが、その言葉はどこか嘘くさかった。
近隣住民の曖昧な証言
近隣の住人に話を聞いてみたが、みな口を濁すばかりだった。 「離れ?…いやぁ、あったかねぇ…」 何かに怯えているような様子に、かえって興味が湧いてしまった。やれやれ、、、また厄介なことに巻き込まれそうだ。
サトウさんの冷静な視点
不一致な地番に気づいた瞬間
「シンドウさん、この地番、現況とずれてます」 相変わらず塩対応のサトウさんだが、その目は鋭い。 彼女の指摘で、僕は本来なら登記されているはずの別の建物が存在していたことに気づく。
過去の登記簿に記録されたもう一人の家族
さらに調査を進めると、平成元年の移転先の名義人は、「長女」の名前と一致した。 つまり、行方不明とされた彼女は一度、家を相続していたのだ。 では、なぜ彼女は再び消されたのか——?
調査が導いた失われた親族の存在
行方不明となった長女の戸籍
戸籍附票をたどっていくと、長女は一時期、別の市で生活していた形跡が残っていた。 だがその後、住民票ごと「職権消除」されていた。 これは、誰かが彼女の痕跡を消そうとした証拠に他ならない。
なぜか抹消された遺産分割協議書
依頼人の提出した協議書には、不自然な空白があった。 「この欄、署名が塗りつぶされてる」とサトウさんが指摘する。 削除された名前——それも、長女のものである可能性が高かった。
真実にたどりついた夜
登記簿が黙っていた沈黙の意味
結局、長女は家族と何かの衝突があった後、財産分与を受けて家を去った。 しかし、その後の財産争いで再び名義を奪われ、存在ごと消されたのだ。 登記簿は沈黙していたが、その沈黙は雄弁だった。
やれやれ、、、それでも僕の仕事は終わらない
依頼人には、再調整された遺産分割協議を進めるよう伝えた。 僕の仕事は終わったように見えて、また新たな火種を抱えることになる。 やれやれ、、、これが司法書士というやつか。