登記簿が暴いた隣人の過去

登記簿が暴いた隣人の過去

朝の来客と不審な相談

その朝、事務所のドアが開いた音とともに、少し落ち着きのない中年男性が入ってきた。手には擦り切れた封筒、目は泳ぎ、汗が額に滲んでいた。

「登記簿を見ていて、ちょっと気になることがあって……」彼は言葉を選びながら話し始めた。こちらが名刺を差し出す間もなく、彼は土地の名義変更について語り出した。

だが、話の流れに妙な引っかかりがあった。相続でも売買でもないのに、なぜ急に名義にこだわるのか。サトウさんがすでに警戒の目を光らせていた。

登記簿の名義に違和感

提示された登記事項証明書には、名義人として見慣れぬ名前が記されていた。依頼者のものではない。しかも、その名義人は過去に死亡しているはずだった。

「この人の名前、どこかで見たことある気が……」とサトウさんが呟いた。記憶の糸を辿るように、彼女はデスクの奥のファイルを取り出しはじめた。

やがて彼女は、小さくうなずきながら証拠を突きつけた。「この物件、十年前に火災があったんです。そのときの所有者と名前が一致します」

サトウさんの鋭い観察力

その火災は、新聞にも載ったという。未解決の出火原因と、亡くなったはずの元所有者の謎。サトウさんはその時点で、何かを確信したようだった。

「仮登記がされていた期間、妙に長くないですか?」と彼女は言う。私はぼんやりと「ふーん」と返す。正直、頭がついていかない。

「この仮登記、内容からして無効の可能性がありますよ。登記簿だけじゃなく、他にも調べるべきです」

登記事項証明書にある意外な名前

元の名義人の名前は、戸籍では死亡扱いだった。だが、登記上は生きていたままの状態になっていた。これは明らかに不自然だ。

「まるで“死んだはずの人間が、土地を所有してる”っていう設定だね」と私は呟いた。昔の怪盗漫画にそんな回があったことを思い出した。

サトウさんは呆れ顔でこちらを見る。「サザエさんじゃないんですから、しっかりしてください」……やれやれ、、、こういうときだけ反応が早い。

過去の所有者と繋がる古い記録

法務局で閉鎖登記簿を取り寄せると、さらに驚くべき事実が判明した。そこには、依頼者の名字と一致する人物が補助人として関わっていた記録が残っていた。

「身内の名義を偽って利用してた可能性がありますね」とサトウさん。指摘された私は、思わず彼に疑いの目を向けた。

「いや、自分じゃないんです。ただ昔、父が……」と依頼者は口ごもった。その沈黙は、何よりも雄弁だった。

法務局から取り寄せた閉鎖登記簿

閉鎖登記簿を辿ると、かつての名義人が急逝した直後に仮登記が入り、その後ずっと未完了のまま放置されていた。まるで意図的に凍結させたような痕跡だった。

「これ、詐欺事件に発展する可能性がありますね」サトウさんがそう呟いたとき、私は椅子から半分滑り落ちた。冗談じゃない、また刑事案件か……。

それでも、法の綻びを突いた構造はどこか見事でもあり、思わずメモを取ってしまう自分がいた。仕事人間って悲しいな。

隣人との境界トラブルの真相

さらに話は隣地の境界線に飛び火した。「実は、その家の隣の土地の人ともめてまして……」と依頼者が切り出した瞬間、サトウさんの眉がピクリと動いた。

土地の筆界が未確定であることが判明し、その曖昧なラインをめぐって双方が長年対立していたという。古い測量図では、確かに数メートルのズレがある。

「これは筆界特定申請と境界確認書、両方必要ですね」と私は言いながら、書類を探しに立ち上がった。こういうときだけ少しだけ役に立つ気がする。

筆界未定地に潜む欲望

調べを進めるうちに、依頼者の父がかつてその境界を意図的に曖昧にしていた痕跡が見えてきた。隣人との非公式な口約束だけで済ませていたのだ。

「父のやったことですが、今になって問題になってるなんて……」依頼者は深くうなだれた。その表情は演技ではなさそうだった。

私は彼の前に一枚の書類を差し出す。「なら、あなたがやり直すしかありませんよ」司法書士として、できることは限られているが、道を示すことはできる。

偽造された印鑑証明と錯誤登記

その後、印鑑証明書の偽造が発覚した。過去の登記申請書類に添付されていた証明書が、何と改ざんされていたのだ。しかも数年前の話だ。

「これ、相続登記の錯誤登記として争うことになりますね……」と私は小声で呟いた。こんなパズル、誰が解けるっていうんだ。

ところが、サトウさんは静かにパソコンを叩きながら言った。「その時期に、その区の窓口担当、変わってます。調査します」

依頼者が隠していた過去の犯罪歴

さらに調べると、依頼者は数年前、詐欺未遂で書類送検されていた経歴があった。やはり、ただの一般市民ではなかったようだ。

「あの件は無実なんです……でも信じてもらえないのは分かってます」依頼者の声はかすれていた。だが事実は登記簿が語っていた。

司法書士として、私は感情ではなく事実に従う必要がある。たとえ依頼者に同情したくなっても。

サトウさんの推理と証拠発見

「この人物、SNSに妙な書き込みしてます」サトウさんが画面をこちらに見せた。そこには、あの土地を“自分のもの”だと主張する内容が残っていた。

「位置情報も一致します」サトウさんの目が鋭く光った。私は思わず立ち上がり、壁の地図を指差した。「つまり、ここが彼の狙いだったわけか」

まるで探偵漫画のクライマックスのような展開だった。登記簿の謎は、SNSという新時代の証拠で暴かれたのだった。

共有名義の裏にある本当の意図

調査の結果、土地は実質的に共有名義であり、父親の相続人全員が登記上に名を連ねていた。ただし、そのうちの一人が行方不明扱いとなっていた。

「たぶん、その人を探せば真実が動く」サトウさんの言葉に、私は首を縦に振った。いよいよ全体像が見えてきた。

行方不明の相続人こそ、火災事故で消息不明となっていたあの人物ではないか。あの日、死んだことになっていた彼は、実は……。

最終的な解決と真実の開示

警察と協力しながら、失踪者の所在が突き止められた。彼は別名で生活し、過去を隠して生きていた。すべては火災と相続をめぐる悲劇だった。

依頼者は、真実に直面して涙を流した。「自分の家族が、こんな形で過去に囚われていたなんて……」

私は静かに答えた。「登記簿には、ただの事実しか書かれていません。でも、その裏にある物語は、私たちが読み解くしかないんです」

境界の争いに終止符を打つ登記手続き

後日、境界確定のための立会いが行われ、ようやく隣人との争いにも決着がついた。双方が納得した形で書面が交わされた。

司法書士としての私の仕事は、ようやく終わりを迎えた。確かに、泥臭い手続きと地味な調整ばかりだが、誰かの人生の節目に立ち会える仕事でもある。

「やれやれ、、、今日もまた終わったか」私は机に沈むようにして、背もたれに身体を預けた。

シンドウの独り言と小さな教訓

帰り支度をしながら、ふと振り返る。あの火災、あの境界、そして亡霊のように生きていた男。登記簿の行間に潜む人間ドラマが、また一つ終わった。

サトウさんは既に帰る準備を終えていた。「明日も9時からですよ」そう言い残して、クールに帰っていく背中を見送りながら、私は小さくため息をつく。

司法書士にできることは限られている。だが、限られているからこそ、できることをきちんとやらなければならない。私は、もう一度その覚悟を胸に刻んだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓