「知ってて当然」の一言に固まる瞬間
司法書士として日々業務にあたっていると、「そんなの知ってて当然ですよね?」という空気に何度も出会う。その一言で、まるで胸を突かれたような気持ちになることがある。経験年数が長くなるほど、「知らない」と言えない空気が強まってくる。たとえそれが自分の専門外のことであっても、周囲からの期待や立場が、口を閉ざさせる。「知らない」と言った瞬間に信頼を失うのではないかという恐怖。それは、知識の不足以上に、自信の喪失につながる。こんなとき、どうすればよかったのか、未だに正解がわからない。
思わず沈黙した、あの日の電話対応
ある日、電話口で「被後見人の生活保護申請に関する件で、BPS方式で…」と言われた瞬間、頭が真っ白になった。BPS?何それ?わかっているフリをして曖昧に返事をし、電話を切ったあとに慌てて調べたが、後の対応に少しズレが出てしまい、結局訂正の連絡を入れる羽目に。あの時「すみません、それって何ですか?」と聞けていれば、結果は変わったかもしれない。でもその瞬間、「そんなことも知らないの?」と相手に思われることが怖かった。ただ、それだけだった。
専門用語が飛び交う世界に慣れすぎていた
士業の世界では、専門用語が日常会話に溶け込んでいる。それに慣れすぎると、逆に一般の人に対しても「これくらい知ってるよね」という前提で話してしまうことがある。自分もそうだった。だからこそ、自分が知らない言葉をぶつけられた時、「自分の方が知らなかった」と認めるのが怖くなる。専門職という肩書きが、自分の無知を否定してくるようで、しんどい。
一般の人の視点を忘れていた自分のミス
逆に、一般のお客様に対して「登記識別情報は…」とか「受任通知が…」と当たり前に使ってしまって、「え?」という顔をされることがある。そのたびに、「あ、そうだ。相手は専門家じゃない」と我に返る。知らないことを責められる怖さを自分も知っているのに、相手には無意識に同じことをしてしまう。これは反省すべき点だと思っている。
依頼人に言われた「そんなの常識でしょ」
以前、遺言の相談で来られたご家族に「それって遺留分ですか?」と聞かれ、すぐに答えられなかったことがあった。厳密には状況によって変わるので確認が必要だったのだが、「えっ、先生ならすぐ分かるかと思いました」と言われた瞬間、顔が熱くなった。無知をさらしたようで、情けなくて仕方なかった。そんな常識すら知らないのか、と思われた気がした。
常識って誰のためのもの?
「常識」って曖昧な言葉だ。誰かにとっての常識は、他の誰かにとっては未知の世界のこともある。司法書士である自分にとっての常識と、お客様の常識がズレていることはよくある。それなのに、「そんなの当然でしょ」と言われると、自分の存在価値まで否定されたような気持ちになる。士業だからって、全知全能なわけじゃないのに。
答えられなかった自分が情けなかった
「わからないので、調べてからご連絡します」と言った自分が、負けを認めたような気持ちになった。でも、数時間後に正確な回答を伝えたときの相手の安心した表情を見て、ちょっと救われた気もした。「知らないこと」を素直に認めたからこそ、信頼につながることもある。そうは思っていても、やっぱりその一歩は、なかなか勇気がいる。
司法書士という立場が生む「知ってる前提」
司法書士という肩書きには、いろんな期待が乗っかってくる。相談者も、役所も、他士業も、みんな「司法書士なら知ってるよね」という空気で接してくる。自分でも、知らないと言うのが怖くなるほど、周囲の期待に応えなきゃと思ってしまう。でも、それって本当に正しい姿なんだろうか?
士業だからって、全部はわからない
登記、相続、裁判関係、後見、債務整理…司法書士の業務は広い。全部の分野に精通しているなんて無理がある。自分は登記と後見をメインにやっているが、たまに裁判書類関係の相談が来ると、知識の抜けを感じることがある。そのたびに「これくらいも知らないの?」と思われたらどうしようと身構えてしまう。全部を完璧にするのは無理だと、自分に言い聞かせてはいるが、やっぱり怖い。
知らないことが罪のように感じるプレッシャー
一度、「裁判所からの照会書に○○ってどう書くのが正しいですか?」と他士業から聞かれて、正確に答えられなかったことがあった。「え、先生なのに知らないんですか」と冗談めかして言われて、冗談に聞こえなかった。ああ、やっちまったな…って。士業同士でも、「知ってる前提」が無言で漂っている。でもそれ、誰の得にもならない空気だ。
後輩や事務員にも聞きづらくなる悪循環
事務員に「これってどう処理してましたっけ?」と聞いたら、「先生が前こう言ってましたけど…?」と返されて、穴があったら入りたくなった。自分の言ったことを自分で忘れてるのも恥ずかしいし、部下に質問して間違いを指摘されるのもキツい。でも、それを避けようとすると、さらに質問しづらくなる。この悪循環、きっと他の士業にもあるんじゃないだろうか。
「こんなこと聞いたらバカにされるかも」の呪縛
実は、今でもGoogle検索する前に一度ためらう。「こんな初歩的なこと、ググるのも恥ずかしいな」って。でも調べないと間違える。聞くのも怖い、調べるのも恥ずかしい、でも間違えたらもっと怖い。そんな微妙な心理の中で仕事してると、メンタルの摩耗が激しい。