笑って対応するけど、内心は荒れている
日々の業務に追われながらも、相談者の前では決して焦りや苛立ちを見せないように心がけている。なぜなら、司法書士が感情を露わにすることは信頼を失うきっかけになりかねないからだ。しかし、実際のところ、余裕があるように見せているだけで、内心は常に綱渡りだ。朝から電話、来客、役所への外出。昼ごはんを口に運ぶ暇すらない日もある。それでも「いつも落ち着いてますね」と言われてしまうと、もう苦笑するしかない。穏やかな対応の裏には、削れていく精神力がある。
「先生は落ち着いてますね」と言われた日
先日、とある依頼者に「いつも落ち着いてますね」と言われた。実はその日は、朝から事務員が体調不良で急きょ休み、役所での書類提出の段取りが狂い、電話が鳴りやまない中で書類作成が山積みだった。正直、心の中では「もう帰りたい」と何度も叫んでいた。でも、表面上は「そうですか？」と笑顔で返した。司法書士という仕事は「落ち着いている人」像を演じ続けなければいけない職業だと、改めて実感した一日だった。
誰にも見せない焦りの裏側
焦っても顔に出さない。これがこの仕事の基本になってしまった。でも、実際は焦っている。登記の申請期限が迫る中、必要書類が1枚足りないと気づいたときのあの冷や汗。まるで心臓を素手で掴まれたような感覚になる。けれど、それを事務員にも依頼者にも見せない。どれだけ綱渡りでも「大丈夫そうな顔」をして対応する。自分をコントロールする力ばかり鍛えられて、心はすり減っていく。
声を荒げないのは諦めが上手くなっただけ
怒鳴りたいこともある。理不尽な要求をしてくる人もいる。でも怒らない。いや、もう怒る気力がないのかもしれない。ある日、何度説明しても理解してくれない相談者に、「じゃあもう結構です」と切られたことがあった。昔の自分ならもっと粘って説得しただろう。でも今は「それも仕方ないですね」と返してしまった。あきらめることが、楽に生きる手段になっている気がする。
相談者の前では、常に“余裕のある大人”で
この仕事は、自分がどうあるかよりも、相手にどう見えるかが大事な場面が多い。依頼者は不安を抱えてやってくる。そんなとき、自分が疲れていたり、機嫌が悪かったりしては、その不安をさらに膨らませてしまう。だからこそ、「余裕がある大人」であることを求められる。けれど、誰だって常に余裕があるわけではない。仕事の裏側では、不安や疲労がじわじわと積もっている。
愚痴をこぼす相手がいない孤独
独身で地方の小さな事務所を一人で回していると、愚痴を言える相手が本当にいない。友人とは距離ができ、同業者と飲みに行くほどの余裕もない。事務員さんにすら、本音は言えない。せめて誰かに「今日も疲れた」と言えるだけでも、だいぶ楽になるのに。ふと夜、コンビニ帰りの道で、月を見ながら「なんでこんなにしんどいんだろう」とつぶやくと、少しだけ心が軽くなる気がした。
感情の置き場をなくしていく日々
どこにも感情を置けないと、感情そのものがなくなっていく気がする。驚くことも、怒ることも、嬉しいと感じることすら減ってきた。機械のように朝起きて、事務所に行き、仕事をして、帰って寝るだけの毎日。その中で、たまに心が揺れる瞬間があっても、すぐに押し殺してしまう。「いまは感情を出してる場合じゃない」と。けれど、その積み重ねが、自分を壊していくのかもしれない。
「無理してるのがバレないようにしてる」が日常になった
最初は「たまたま今日だけ無理している」つもりだった。でも気づけば、無理している状態が当たり前になっていた。バレないように、迷惑かけないように、ミスしないように。そうして演じ続けるうちに、自分が何を感じていたのかも忘れてしまった。「大丈夫？」と聞かれることもないから、「大丈夫じゃない」と言う機会すらない。これが今の「普通」になってしまった。
体力もメンタルもギリギリ、それでも普通を装う
最近は朝起きると、まず体が重い。肩がバキバキに凝っているし、寝起きなのにもう疲れている。でも、仕事に遅れるわけにはいかないから、無理に体を起こす。事務所に入ればスイッチを入れ、元気そうな声を出す。誰にも「今日は調子悪いんです」なんて言えない。司法書士が一人倒れるだけで、仕事はすべて止まってしまうから。体調が悪くても、「普通っぽく」振る舞う技術だけが上がっていく。
忙しいのに暇そうに見えるこの職業
「司法書士って、暇なときは暇そうですよね」と言われたことがある。でも実際は、その“暇そうな時間”に、調査や事務処理、役所とのやりとり、トラブル対応、次の案件の準備などを詰め込んでいる。表向きに相談者が来ていない時間は、裏で何倍もの仕事をこなしていることが多い。目に見えない仕事ほど、時間も神経も使う。そのギャップがまた、「理解されない苦しさ」につながる。
自分を鼓舞する言葉がもう出てこない
昔は「頑張ろう」「まだいける」と自分に言い聞かせていた。でも今はその言葉すら出てこない。ただ「やらなきゃ」という義務感だけが先に立ち、心が置いてきぼりになっている。仕事に意味を見出せないわけじゃない。でも、それ以上に、「終わらせなきゃ」という気持ちが先行してしまう日々。それが何のためだったのか、ふと考えると、答えが見えなくて怖くなる。
本音を言うと弱い人だと思われそうで
弱音を吐くと、「あの人、しんどいんだって」と噂されるかもしれない。地方の狭い業界では、ちょっとした発言が広がるのも早い。だから、どれだけ苦しくても言えない。「元気ですよ」「調子いいですよ」と嘘を重ねるしかない。気づけば、本音で話せる人間関係はどんどん消えていった。「強い人でいたい」というよりも、「弱く見られたくない」だけなのかもしれない。
言わない選択を続けた先にあるもの
「言わない」が癖になると、本当に言えなくなる。愚痴も、しんどさも、誰かに言うタイミングを逃し続けて、とうとう心の奥底に押し込めるしかなくなってしまった。何がしんどいのか、どこが限界なのか、自分でも分からない。ただ、朝が来るのが少し怖くなったとき、「これは普通じゃない」と感じた。けれど、今日もまた、誰にも気づかれないように事務所の鍵を開ける。
