人間関係を避ける癖がついた男と消えた判子の謎

人間関係を避ける癖がついた男と消えた判子の謎

朝の静けさと不在の印鑑

梅雨明け間近のある朝。シンドウ司法書士事務所には、いつもと変わらぬ静寂が漂っていた。サトウさんがコーヒーを淹れに立っている気配がない。出勤時間を少し過ぎても、その姿は見えなかった。

机の上には今日提出予定の登記申請書。そして——そこにあるはずの代表者印が、忽然と消えていた。

誰もいない事務所に残された登記申請書

「まさか、印鑑だけ盗まれるなんてな……」

防犯のため夜は鍵付きの金庫に保管していたはずの判子。その金庫は破られておらず、机の鍵も無傷。となれば、持ち出せるのは限られた人間だけ。自分か、サトウさん。

机の上に広がる一枚のメモと違和感

「ちょっと出ます。サトウ」

そのメモだけが、妙に机の中央に置かれていた。几帳面な彼女にしては雑な字。いや、それ以前にサトウさんは、必ず「行き先」まで書く。今日はなぜ曖昧なのか。

サトウさんの不在に感じる不自然な空気

一人事務所に残されたシンドウは、思わずカツオのように頭をかきむしった。

「やれやれ、、、今日はゆっくり登記申請に集中できると思ってたのに、なんでこうなるんだ」

「人付き合いなんて無駄だ」と呟いた朝

人付き合いが苦手なシンドウは、つい最近もご近所付き合いを避けて不動産屋との連携が悪くなり、案件を一つ失ったばかりだった。だが、人に頼らない選択肢は限られている。

シンドウの過去に潜む人間関係の影

思い出したのは、かつて一緒に働いていた司法書士補助者・ナカムラ。鋭い勘と口調で、事務所の運営に多大な貢献をしていたが、最終的には「先生が信用してくれない」と言って去った。

忘れられない元同僚との確執

あれ以来、シンドウは他人を心から信じることをやめた。信用すれば、裏切られる。だから心の壁を作る——結果、周囲との距離は自然と遠くなっていった。

やれやれと思いながら鍵を探す手の震え

だがその朝、震える指で鍵を探す自分に気づいた。人を信用しないはずなのに、サトウさんに何かあったのではと不安になっていた。

消えた判子と疑わしき訪問者

その午後、ドアがノックされた。開けると、キャップを深く被った男が「相談がある」と言って入ってきた。妙に無言で、目を合わせようとしない。

午後三時の不意な来客と名乗らなかった男

依頼内容を尋ねても、要領を得ない。「とりあえず、資料だけでも」と言って手提げ袋を置いて帰った男の後ろ姿は、どこかで見たことがあるような気がした。

監視カメラに映る背広とキャップの男

念のため、事務所の外に設置している防犯カメラを確認。そこに映っていたのは、やはりナカムラだった。まさか——いや、あり得る。

サトウさんのメモに隠されたメッセージ

ふと、机のメモを見返したとき気づいた。サトウの「ちょっと出ます」の「出」の文字が、旧字体で書かれていた。それは、サトウさんがかつて推理小説を読んだあと真似していた書き方だった。

筆跡と印影から読み解く真実

そして、机の隅にはもう一枚の書類が。サトウさんが昨日修正していた不動産売買の登記申請書だ。その印影をよく見ると、わずかにズレていた。

繋がる過去の登記ミスと復讐の動機

ナカムラが関わっていた件で、印鑑を無断使用した形跡があったのだ。その一件で彼は業界を離れた。今になって戻ってきたのは、単なる相談ではない。

そして誰も信じられなくなった理由

復讐か、それとも何かを証明したかったのか。サトウさんは、それを察して自ら姿を消したのだろう。信じて任せてほしいという、彼女なりの「やり方」で。

そして事務所に戻った日常と少しの変化

翌朝、サトウさんはケロリとした顔で「すみません、実家から米が届いてて」とだけ言った。

シンドウは何も言わず、うなずいた。机にはちゃんと判子が戻っていた。金庫の中に、再び静かに。

やれやれ、、、と呟きながら、彼は一通の書類を手に取った。今日は誰かを、少し信じてみることにしよう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓