朝の依頼人
扉を叩いた女性
朝の9時を少し回った頃、事務所のドアが静かに叩かれた。ガラス越しに見えるのは、小柄な女性。控えめだが、どこか緊張した面持ちで立っていた。
ドアを開けると、彼女は深く頭を下げ、「仮登記について相談がありまして」と言った。まっすぐな視線と震える声が、只事ではない空気を運んでいた。
仮登記の相談
話を聞くと、彼女の父親が所有していた土地に仮登記が付されており、数日前にその仮登記が抹消されたという。しかも、誰もその手続きをしていない。
「どうしても納得できなくて……」彼女は、まるで自分の感覚が狂っているのではと疑っているようだった。その表情に、妙な真実味があった。
妙な違和感
登記簿の矛盾
彼女が持参した登記簿謄本のコピーを見て、眉をひそめた。確かに仮登記の抹消が記録されているが、その理由が「申請人の意向による」とだけ書かれていた。
抹消原因の根拠となる書類の記載がない。しかも、その仮登記をした司法書士の名前にも見覚えがない。これは一筋縄ではいかない。
仮登記申請日と事実のずれ
さらに調査すると、そもそも仮登記がされたのは2年前。だが、その当時、父親はすでに認知症で意思能力がなかったという。すると、その仮登記自体が無効の可能性も出てきた。
となれば、抹消を申し立てた誰かは、そのことを知っていた上で、意図的に“消した”のではないか。つまり、痕跡を。
現地確認と空き家の謎
誰もいないはずの家
現地調査のため、午後から彼女の案内で現地へ向かった。雑草の伸びた庭、郵便受けに詰まった広告、そして鍵のかかっていない玄関。
「えっ……鍵、閉めたはずなんです」と彼女がつぶやいた瞬間、薄ら寒さが背筋を這った。誰かが、この家を“見ている”のか。
ポストの中の封筒
郵便受けをのぞくと、汚れた白い封筒が一通だけ混ざっていた。差出人不明、しかし宛名はしっかりと依頼人の名前が記されている。
中身はコピーされた登記申請書。そこには、確かに“父親の署名”がされていた。だが、それは彼女いわく「父の字じゃない」と即答だった。
サトウさんの推理
筆跡と委任状の不一致
事務所に戻ると、サトウさんが早速スキャナーで資料を読み込んでいた。「この署名、同じ人が別の筆跡を真似して書いてます。癖が出すぎてます」
静かに、しかし確信を持って言うサトウさんの声に、背筋が伸びた。見た目の丁寧さに誤魔化されそうになるが、模写の限界が露呈している。
不自然な所有権移転の時期
さらに過去の登記履歴を洗うと、問題の仮登記の直前に、所有権移転の相談が一度だけ持ち込まれていたことが判明した。
依頼人の兄が相談に来て、結局手続きせずに帰っていたらしい。動機の匂いが、ようやく浮かび上がってきた。
不動産業者の影
過去にもあった手口
不動産業者の一人に電話をすると、「あー、またあの司法書士か」と言われた。どうやら、似たようなケースがいくつもあるらしい。
「相手がぼんやりしてる時を狙うんだよな」と、まるで週刊サザエさんの悪役キャラのように言われていた。現実も漫画と変わらないのか。
重要事項説明書の改ざん疑惑
その司法書士が関与したという物件の資料を入手すると、重要事項説明書の一部が改ざんされている形跡があった。
法務局提出の正本とは文言が一致していない。これが証拠になれば、詐欺未遂での立件も視野に入ってくる。
一通のメール
送信元は誰か
夜、事務所に届いた匿名メール。そこには「あの司法書士は不正に手を染めてます」とだけ書かれ、証拠としてPDFが添付されていた。
中には仮登記の申請書、委任状、そして不動産業者とのやり取りの履歴が含まれていた。内部告発だと直感した。
暴かれる共謀関係
そのデータを精査すると、兄と不動産業者、司法書士が結託している可能性が高いことが判明した。父親の認知症を利用して、土地を売却する計画だったようだ。
そして仮登記を消すことで、証拠隠滅を図った。ずさんだが、意外と見落とされがちな手口である。
証拠の確保
登記申請書類のコピー
依頼人と協力して、法務局で原本確認を行い、全てのコピーを取得した。委任状も原本と相違があり、筆跡鑑定の材料にもなる。
ここまで証拠が揃えば、警察に動いてもらう準備が整った。
消された仮登記の真相
結局、仮登記を“消した”のは、司法書士と業者の共謀によるものだった。偽造書類を添付して、抹消申請を強引に通していた。
やれやれ、、、こんな茶番に付き合わされるとは。まるで『金田一少年の事件簿』の脇役になった気分だった。
警察の介入
詐欺未遂としての立件
証拠を提出し、依頼人と共に警察へ。数日後、詐欺未遂と文書偽造での立件がなされた。世間は案外、正しく動く時もあるようだ。
兄は容疑を否認しているらしいが、証拠があまりに揃っており、言い逃れは難しい。
依頼人の涙
結果を聞いた依頼人は、静かに涙を流した。「父が守ってくれた気がします」と言った。その言葉に、胸のどこかが少し温かくなった。
事件の後日談
司法書士としての限界
時に、司法書士の立場ではできないこともある。だが、法の隙間を悪用する者には、きちんと筋を通すことができる。
「先生、頼りないけど最後はちゃんとしますよね」とサトウさんに言われたのは、たぶん褒め言葉のつもりだったんだろう。
サトウさんの小言
「最初から気づいてましたよ、筆跡のこと。ま、先生には無理かなと」彼女はそう言ってコーヒーを差し出した。
まるでサザエさんの波平がタラちゃんに叱られてるような、そんな構図だ。だけど、それも悪くない。
そしてまた日常へ
やれやれの一日
事務所に戻って、山積みの書類を前に深く息を吐いた。事件が解決しても、日常は変わらない。いや、むしろ忙しくなってる気がする。
やれやれ、、、もう少し平穏な午後が欲しい。
仮登記の本当の意味
仮登記とは、ある種の「警告」でもある。誰かが何かを主張しようとしているサイン。それを無視すれば、闇に飲まれるだけだ。
司法書士として、そんな声をきちんと拾い上げていく。少し泥臭くても、たとえ報われなくても。