朝の境界確認依頼
土地家屋調査士からの連絡
「シンドウ先生、ちょっと現地を見ていただけませんか?」
朝一番で電話をかけてきたのは、近所の土地家屋調査士だった。
内容は、ある土地の境界杭が“最近動いた形跡がある”というものだった。
杭が動いているという主張
現地の所有者は、杭を一切触っていないと主張しているという。
ただ、不思議なことに、新しく打ち直されたような杭が明らかに古い地図の位置と違っていた。
「やれやれ、、、朝から面倒くさい話だ」と、僕は頭をかきながらコートを羽織った。
現地調査と違和感
古びた杭と新しい杭
現地に到着すると、案の定、古い境界杭のすぐそばに新しい杭が打たれていた。
形状も微妙に異なり、土の具合も不自然なほど緩い。
「サザエさんのエンディングみたいに、何度も転んでいる杭だな」とつぶやくと、サトウさんが鼻で笑った。
微妙にずれた境界線
元の杭と新しい杭は、わずか15センチほど位置が違っていた。
しかし、そのわずかな違いが、後に大きな金額の差を生むことになる。
問題の土地は、現在売買交渉の真っ最中であり、隣地との境界が価格に影響を及ぼす状態だった。
依頼人の言い分
杭は動かしていないという主張
依頼人である老人は、強い口調で「杭は先代のまま動かしていない」と言い切った。
目をそらす様子もなく、正直に見えたが、経験上“信じたい人ほど疑うべき”という教訓が頭をよぎる。
とはいえ証拠がなければ、ただの言いがかりに過ぎない。
隣人との関係性の亀裂
隣地の住人は若い夫婦で、新築中の家の建設がもうすぐ終わるところだった。
「杭がずれたことで、車が止めにくくなった」と怒り心頭だという。
すでに関係はこじれ、口を開けば罵声の応酬らしい。
サトウさんの冷静な分析
写真データに残るヒント
「先生、Googleのストリートビュー、見ました?」
サトウさんがタブレットを見せると、3年前の画像には、現在の位置と異なる杭がはっきり映っていた。
「この杭、今より左にありますよね」と指をさされ、僕はうなるしかなかった。
境界杭の材料の違い
さらに彼女は調査士に連絡を取り、杭の素材と設置年代を確認していた。
「古い杭はコンクリ製、新しいのはプラスチック混合ですね。しかも、打ち込み角度が違う」
サトウさんの推理は、もはや怪盗キッドばりの鮮やかさだ。
杭と嘘の照合
いつ誰が打ったのか
「先生、境界杭の交換には通常、立ち合いが要るはずですよね」
そう、勝手に杭を打ち直すのは原則違法。
記録をたどると、依頼人の長男が“夜間に何かをしていた”という隣人の証言が浮かび上がってきた。
過去の測量図との矛盾
10年前の測量図と現在の配置図を重ねてみると、杭の位置は1メートル以上ずれていた。
しかも、そのズレの方向が“売却予定地を拡張する”ような位置取りだったのだ。
「これ、完全に意図的ですね」とサトウさんが言ったとき、僕の胃が痛くなってきた。
やれやれ、、、証拠は足元か
草に隠された“もうひとつの杭”
再度現地をくまなく調べると、草むらの中に埋もれた小さな金属プレートが出てきた。
それは旧来の位置を示す正式な杭だった。
「やれやれ、、、結局、真実は足元に埋まってたってわけか」
発見された古い標識
調査士により、埋もれていたプレートは20年前のものであると確認された。
その証拠は、売買契約書よりも強い効力を持つ“境界の確定”を意味する。
この時点で依頼人の長男の不正が確実になった。
真相の提示
境界線を意図的にずらした理由
売却価格を少しでも上げるために、わずかに土地を拡張したかったのだろう。
長男は知識が中途半端だったのか、正規の手続きをせずこっそり杭を打ち直していた。
しかも、その行動を父親には知らせていなかったようだ。
不動産売却を有利に進めたかった男
不動産業者とのLINE履歴からも、売却面積の「誤差」を話し合っていた痕跡が見つかった。
土地価格はたった40万円しか変わらなかったが、信頼と境界は取り返しがつかない。
「杭はお金じゃないんだ」と、誰かが呟いた。
司法書士としての着地点
登記簿と現況の整合
結果として、元の杭の位置を採用する方向で調停が進んだ。
司法書士としての僕の役目は、現況と登記を整合させるだけ。
ただ、そこに“嘘を見抜く”という追加業務があるのが、世の常だ。
調停に向けた準備
「報告書と、添付の写真はこの通りです」
サトウさんは寸分違わぬ精度で書類を整え、封筒に入れた。
僕はそれを受け取りながら、彼女の有能さに少しだけ嫉妬した。
事件後の静かな日常
サトウさんのぼそり一言
「先生、今日のお昼、またカップ麺ですか?」
「いや、たまには外でラーメンでも……」
「どうせなら、カップのほうが無駄がないですね」……冷たい。
シンドウのうっかり失言
「サトウさん、この件、なんだかんだで俺のひらめきで解決したような気がするんだが」
「ええ、まあ……ストリートビューがね」
……僕はそれ以上、口を開かなかった。
杭は黙ってそこにある
動いたのは人の欲か誠実さか
杭は、何も語らない。ただそこに立ち、誰かの線引きを支えている。
でも、線を越えてしまうのはいつも人間のほうだ。
だからこそ、僕たち司法書士の出番は尽きないのだ。