登記直前に「ちょっと待って」の一言から始まった
登記の書類がすべて整って、あとは提出するだけ。そんな時に「ちょっと待ってください」と依頼者から電話が入る。この瞬間の気持ちは、同業の方ならわかってくれると思う。まさに「マジか…」である。予定していたスケジュールが一瞬で崩れる。しかも相手は悪気があるわけじゃないから、怒るわけにもいかない。今回も、そうだった。「すみません、実は兄がこう言っていて…」と切り出されたその言葉から、まさかの修正劇が始まった。
あと一歩だったのに…突然の変更連絡
提出予定日の前日、夕方17時すぎ。もう事務所も閉めようとしていた頃、「やっぱり共有持分を変えたい」との連絡が入る。資料はすべて整っていて、金融機関ともやりとりを終えていた。まさに出すだけの状態だった。「このタイミングで?」と叫びたくなる気持ちを抑えつつ、冷静を装ってヒアリング。結局、家族会議があって方針転換になったとのこと。心の中では「昨日の段階で言ってよ」と何度も繰り返していた。
まさかの「実印が変わる」問題で全てが振り出しに
しかも驚いたのは、共有持分の変更だけでなく「実印も兄のものに変えたい」という二段構えの変更依頼だったこと。これは完全にやり直しコースだ。印鑑証明書の取得から委任状の書き直し、登記原因証明情報の修正……すべてが無に帰した瞬間だった。頭を抱えながら「週末は潰れるな」と覚悟を決めた。
なぜこうなる?登記手続き中の内容変更が起きる背景
こうした変更依頼は、たまたまではなく、一定のパターンがあるように思う。特に「本人確認は済んでいる」「家族も納得している」と言っていた案件ほど、後でひっくり返ることがある。つまり、どこかに“認識のズレ”が残っているのだ。
依頼者側の「認識のズレ」あるある
依頼者にとって「言ったつもり」「伝わっているはず」という感覚が、現場にとっては一番怖い。登記は形式が命なのに、感覚で話が進んでしまうと、あとで痛い目に遭う。「たぶんこうだと思ってました」と言われたときの、あの背筋が冷える感じ。同じ案件でも、話すたびに内容が少しずつ変わる依頼者もいる。そういうときは、なるべく早い段階で書面化して確認を取るようにしている。
家族・親族の介入による変更の典型パターン
登記内容の変更理由で多いのが「家族に相談したら反対された」パターン。これは本当に多い。特に兄弟姉妹の発言力が強い家系では、契約直前になって方向転換が起きがちだ。
「兄がやっぱり口を出してきて…」問題
たとえば「妹が相続人代表として動いていたが、兄が最後に登場して全部ひっくり返す」というケース。妹さんが何度も確認していたにも関わらず、兄が「やっぱり俺が代表で」と言い出した瞬間に全てが崩れる。これはもう、誰が悪いとも言えない。ただただ疲れる。
遺産分割の最終局面での心変わり
遺産分割協議が終わった後に、「やっぱりあの土地はいらない」と言われたこともある。そのときは登記原因証明情報も作成済みで、もう提出目前だった。心変わりは人間として仕方ないけれど、せめてもう少し早く…と願う。
現場はてんやわんや、事務所内の混乱ぶり
こうした急な変更は、依頼者側だけでなく、事務所の中も混乱させる。うちの事務所は少人数なので、一人が慌てると全体がバタつく。
事務員さんとの微妙な空気と無言の圧
今回も、変更の連絡を受けた直後に「すみません…また変更です」と事務員さんに伝えると、目線だけで「またですか」の空気が伝わってきた。もちろん言葉では責めないけれど、印刷済みの資料や準備していた封筒の数を見て、無言のプレッシャーが…。ただ、こういうときに支えてくれるのが事務員さんでもある。
役所・金融機関への連絡地獄
そして一番厄介なのが、役所や金融機関への説明。すでに段取りを組んでいた相手に、「すみません、内容が変わりまして…」と頭を下げて回るのは、精神的にも地味にきつい。相手も忙しい中対応してくれているから、こちらも丁寧に、かつ迅速に伝えないといけない。
時間と労力を食いつぶす「やり直し」という名の苦行
一度整えた登記をやり直すのは、ただの修正じゃない。最初からやり直すことが多く、その分の時間と精神的コストはバカにならない。
書類の再作成、印鑑証明、そして印紙代…
書類をすべて一から作り直すだけでなく、印鑑証明書の再取得、印紙代の再計算、場合によっては書留での送付準備など、細かい手間が山のようにある。「少し変えるだけ」と依頼者は言うが、現場の負担は全然“少し”じゃない。
「今さらキャンセルですか…?」業者への謝罪行脚
外部の司法書士や土地家屋調査士、行政書士と連携していた場合、その人たちへの連絡も必要になる。すでに作業が進んでいる場合は、謝罪とキャンセルの連絡をしなければならない。ここでもまた、「またですか…」の空気が漂う。
それでも仕事は進めねば…気持ちを切り替えるまで
一度折れた気持ちをどう立て直すか。これは、現場でやっていく中で自分なりに身につけたスキルでもある。
一晩寝てもスッキリしない現実
「寝たら忘れよう」と思っても、モヤモヤは残る。やり直した資料が頭をよぎったり、「また同じことが起きたらどうしよう」と考えてしまう。でも、どこかで「まあ、あるあるか」と笑えるようになるのがプロなんだと思いたい。
「しょうがないか」と思えるまでの心のプロセス
無理に前向きになるより、「もう、しょうがないわ」と肩の力を抜く方が建設的だったりする。何度も経験してわかったのは、“正しさ”より“諦め力”の方が仕事を進めるうえで必要なときがあるということ。疲れるけど、明日も仕事はある。
これから登記に臨む人への小さなアドバイス
最後に、これから登記を依頼しようとしている方へ。少しでも手続きがスムーズに進むように、気をつけてほしいことを共有しておきたい。
「決まったら変えない」って実はすごく大事
一度決めた内容をあとから変えるのは、関係者全員の負担になる。どうしてもという場合は仕方ないけれど、「気分で変える」は本当に避けてほしい。登記は“正確性”が命だからこそ、事前のすり合わせをしっかり行うことが重要だ。
打ち合わせの“空気”に甘えず確認を怠らない
雰囲気で進む話ほど、あとで揉めるリスクが高い。「言ったよね?」「聞いてません」の水掛け論を防ぐには、書面化と明確な確認が欠かせない。
「たぶん大丈夫」な言葉を信用しない癖づけ
「たぶん」や「きっと」といった言葉が出てきたら、警戒信号。こういうあいまいな言葉のまま進めると、後々トラブルになる確率が高い。きちんと「確定ですか?」と聞き返す勇気が必要だ。
関係者全員と同じ“温度”で合意しているか?
代表者だけが納得していても、家族や共同相続人が同じ温度感でいなければ、どこかでズレが生じる。最終確認の場では「このままで全員大丈夫ですか?」と明言することが肝心だ。