証書に仕掛けられた火薬

証書に仕掛けられた火薬

依頼は一通の遺言書から始まった

その日、僕の机の上に置かれた封筒は、どこか不自然なほどに重たかった。茶封筒に入れられた遺言書。よくある相談内容だと思ったが、開封して中身を確認した瞬間に、背中を一筋の冷たい汗が走った。

封筒の裏面に、奇妙な注意書きがあったのだ。「開封には注意せよ。これは最後の願いであり、最後の警告でもある」——遺言書にしては、物騒すぎる文言だった。

封筒の重みと違和感

封筒をそっと手に持ち直して、僕はすぐに気づいた。これは普通の紙の重さじゃない。中に何か、金属片のような硬い異物が入っているような感触がした。まるで昔読んだ怪盗漫画に出てくる時限爆弾のように、違和感が警鐘を鳴らす。

やれやれ、、、遺言の相手にまで爆発物を仕込む時代になったのかと、僕は思わず口をついた。

名前を見た瞬間の胸騒ぎ

差出人の名を見て、僕の胸の奥にざらついた記憶がよみがえった。「矢田部庄一郎」——あの軍需企業の元技術者だった男。五年前、自宅が謎の火災に見舞われ、世間から姿を消していた人物だ。

まるで彼自身が爆発と共に人生を終えたかのような幕切れだったが、まさかこんな形で名前が再登場するとは思わなかった。

サトウさんの冷静な指摘

僕が眉間にしわを寄せながら封筒を見つめていると、背後から涼しい声が飛んできた。「その書式、ちょっと古いですね。平成初期の様式ですよ、印鑑の位置も妙ですし」

彼女の目は冷静に、そして鋭く異常を捉えていた。やっぱり、ただの遺言じゃない。

この形式は少しおかしい

「形式違反ではありませんけど、わざと崩してますね。わざと読みにくくしてあるように見える。しかも……このページ、うっすら何か透けて見えません?」

ライトにかざすと、紙の裏に微かに何かの回路のようなものが浮かび上がってきた。遺言に見せかけた、何かの装置。まるで罠だ。

証書の端に見えた焦げ跡

紙の右下には焦げた跡が残っていた。通常の保管状態ではまずつかない、まるで小規模な発火の痕跡だ。火薬反応か、それとも……。

この証書そのものが、何かを起動させるトリガーになっている——そんな不気味な予感が、現実味を帯びてきた。

遺言と爆弾の奇妙な接点

「ねえ、シンドウ先生、軍事関係の技術者がわざわざ書いた遺言に、電気回路と焦げ跡って……爆弾の設計図か何かだったりして」

「冗談じゃないよ、サトウさん。ここはサザエさんの世界じゃないんだ。うちは海苔巻じゃなくて登記巻だ」——と、僕が意味不明なことを言ったところで、彼女は冷たい視線をよこした。

軍事マニアの遺族たち

矢田部の遺族は、一癖も二癖もある人物ばかりだった。特に長男の賢一は、地下室に軍用無線機を設置していたという話もある筋から聞いていた。遺産の行方をめぐる相続争いも熾烈だった。

遺言が爆発物に化けても、不思議ではない家系なのかもしれない。

保管場所と導線の謎

書斎の間取り図と照らし合わせたところ、矢田部の書斎の本棚には、特殊な金属管が通されていたことが判明した。そこから導線が床下へと伸び、ある一点に集中していた。

まるで、何かの起爆装置に接続されているかのような構造だった。

過去の事件との符合

五年前の火災現場の写真を見返してみると、不自然なほど爆心地が一点に集中していることがわかった。しかも、その中心には鉄製の文書保管箱が存在していた。

つまり、遺言保管箱そのものが爆弾だった可能性がある。

五年前の未解決爆発事故

当時の警察は、火災原因を「不明」として処理していた。だが今、目の前にある遺言書が、まさにその時と同じ構造をしている。やはりこれは、過去の未解決事件とつながっていたのだ。

爆弾は、まだ誰かを狙っている。

同じ筆跡 同じ署名

矢田部の遺言書にある署名は、五年前の火災直前に書かれた文書と完全に一致した。筆圧も癖も、何もかもだ。つまり、彼は死んでいなかった——あるいは、死ぬつもりで最後の装置を書き残していた。

それがこの自筆証書だったのだ。

封印された証拠と脅迫状

その日の夜、事務所のポストに差出人不明の封筒が届いた。中にはもう一通、遺言書と同じ形式の文書があり、「これを開けると爆発する」とだけ書かれていた。

……やれやれ、、、司法書士って命がけの仕事だったっけ?と、思わず椅子にもたれかかった。

爆弾はまだ作動している

サトウさんの推理では、封筒の内側に小型の起電機と火薬カプセルが組み込まれている可能性が高いとのことだった。僕たちは警察に通報し、現場は一時封鎖された。

その間も、僕の頭の中では矢田部の真意がぐるぐる回っていた。

やれやれ僕が止めなきゃ誰がやる

最後は、僕が立ち上がった。「やれやれ、、、僕が止めなきゃ誰がやる」——いつものごとく、うっかりミスでコードを踏みかけながらも、なんとか事態は収束に向かった。

爆弾は未遂で終わった。けれど、司法書士が命がけで証書を読む時代なんて、ちょっとサスペンス過ぎるだろ。

サトウさんの逆転の推理

事件が落ち着いたあと、サトウさんが言った。「あれ、爆弾じゃないですよ。中身は録音装置です。再生装置の起動を火薬でカモフラージュしてただけ」

つまり、最期のメッセージを聞かせたかっただけ。爆発ではなく、記憶の爆発だった。

仕掛けは起爆装置ではなかった

「矢田部さんは、多分、自分のことを知ってもらいたかっただけ。過去の過ち、秘密、悔い。それを音声にして遺した」

司法書士である僕たちが、その装置を開くことで“裁き”の役を果たす構造だった。まるでミステリ漫画の最終回だ。

導火線の先にあったのは

導火線の先にあったのは、破壊ではなく「記憶」だった。彼の人生は終わっていたけれど、残されたメッセージがその魂をつないでいた。

僕たちは、それを聞き届けた最初で最後の読者だったのだ。

そして最後に残ったもの

火薬のにおいはなかった。ただ、耳に残る声が、ずっとこだましていた。静かで、懺悔のようで、どこか優しかった。

「やれやれ、、、こんな話、誰が信じてくれるんだろうな」僕は煙草に火をつけたくなったが、火薬の幻影がそれを止めた。

火薬よりも重たい遺志

遺志というのは、時に火薬よりも重たい。誰かに届くことを信じて書いた最後の証書。それを読み解くのが、僕たち司法書士の仕事ならば——ま、悪くない役目かもしれない。

静かな事務所に戻る日常

翌朝、事務所にはいつも通りの風が吹いていた。サトウさんは無言で書類の山を処理し、僕はコーヒーをこぼして叱られた。いつもの日常。

ただ一つ違うのは、机の隅に残された“使用済みの証書”が、どこか静かに、物語の幕を引いていたことだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓