朝から感じた違和感と嫌な予感
いつも通りパソコンを立ち上げて、まずはメールチェック。普段なら何件かは届いている登記完了通知が、今日はまったく来ていない。別に珍しいことじゃないのに、なぜか胸の奥に引っかかる違和感。忙しい日こそ、こういう予感は当たるものだ。そんな気がして、思わず「今日は波乱の予感だな」とつぶやいてしまった。
いつものように開けたメールボックスが静かだった
普段は事務員さんよりも早く出勤して、静かな事務所でコーヒーを淹れながらメールを開く。それが私の朝のルーティン。だが、今日は受信トレイがやけに静かだった。未読ゼロ。何かがズレてる。郵送請求していた謄本の完了予定日も今日だった気がするが、通知が来ない。焦る必要はないと自分に言い聞かせながらも、頭の中では段取りが崩れていく音がしていた。
「今日は何かあるかもしれない」と思った根拠のない勘
司法書士を15年もやっていると、妙に勘が働く日がある。「今日は変だぞ」と感じる日は、だいたいろくなことが起きない。根拠はない。でも、そういう日ってだいたい的中するからタチが悪い。今日はその「何かありそう」な日だった。依頼者に渡す謄本が今日中に届かなければ、すべての段取りが崩れる。胸の奥で小さな不安が、じわじわと広がっていくのを感じていた。
登記完了の報告が来ないもどかしさ
正直、法務局からの完了通知が1日遅れることなんて珍しくもなんともない。でも、たまたま今日はその「たった1日」の遅れが命取りになりかねない日だった。依頼者との約束、書類の引き渡し、予定されていた決済。すべてがこの謄本一枚にかかっていた。いくら自分ではどうしようもないとわかっていても、心は焦るし、胃はきゅうっと締め付けられる。
待っても届かない法務局からの返事
午前中いっぱい待っても、何も連絡がない。法務局に電話をかけるべきかどうか、何度も迷った。基本的に「待つのも仕事」の業界だけど、今日に限ってはそうも言っていられない。まるで重要な試合のスタメン発表を待っている野球部の控え選手のような気持ちだった。心は落ち着かず、どこかに八つ当たりしたくなる。
電話で問い合わせるか悩む小心者の性格
電話をかけること自体は簡単だ。ただ、あまり頻繁に問い合わせて印象を悪くしたくない。こちらの事情を法務局が考慮してくれるわけでもないし、催促したところで結果が早まるわけでもない。だけど今日だけは、気がつくと受話器を手にしていた。でも、かける寸前でやめた。これが僕の小心者ぶり。まったく、自分に腹が立つ。
事務員さんの「今日もまだですか」の一言が刺さる
午後に入って、事務員さんが何気なく聞いてきた。「謄本、今日もまだですか?」。悪気はないのはわかっている。でも、なんだか責められているような気分になってしまった。「はい、まだなんですよ」と苦笑いで返すけれど、内心は「そんなの俺が一番知りたいわ」と叫んでいた。
イライラは自分の中だけに留めておきたいけど
責任は自分にある。事務員さんを責めたくもないし、八つ当たりなんて絶対したくない。でも、心の中のイライラが、じわじわと積もっていく。誰にぶつけることもできず、自分の中にため込むしかない。昔の自分ならもう少し余裕があった気もするが、今はどうもダメだ。
何度目かの「催促メール」、その手が震える
意を決して、もう一度だけ催促のメールを打つことにした。件名は柔らかく、文面も角が立たないよう気を遣う。それでも、メールを送信する手が少し震えていた。催促メールは自分の中では「最後のカード」。出したところで効果があるかはわからないが、もう待っているだけではいられなかった。
その1枚の謄本がないだけで止まる全体の流れ
依頼者との約束、次の案件の準備、スケジュール全体がこの謄本1枚に影響を受けている。小さなピースがはまらないだけで、全体のパズルが完成しない。たった1枚の紙切れに、こんなにも左右されるとは。司法書士という仕事の儚さと難しさを、改めて痛感させられた一日だった。
依頼者には言い訳ばかりで自分が嫌になる
「まだ法務局からの返送がなくてして……」と説明する自分が情けない。本当はもっと堂々としていたい。でも、結果がすべてのこの仕事では、言い訳はただの敗北宣言にしか聞こえない。自分に自信を持てない時ほど、依頼者の沈黙が痛く感じる。
電話越しに感じる「あきれ」の気配
依頼者との電話。言葉では「わかりました」と言ってくれるけれど、沈黙の長さ、語尾のトーンから、あきらかにがっかりしているのがわかる。直接責められたわけじゃない。でも、それ以上にこたえる無言の圧力。電話を切った後、深く息を吐いた。
独り身の夜に残る謄本の記憶
ようやく謄本が届いたのは、夕方の遅い時間だった。1日が終わる直前に、ようやくパズルの最後のピースがはまった。けれど、喜びよりも疲労が勝っていた。帰り道、コンビニの明かりがやけにまぶしくて、弁当を選ぶ気にもなれなかった。独身男のさみしい夜に、今日の出来事だけが残った。
この仕事を選んだ理由をもう一度思い出す
家に帰って一人、ぬるくなった味噌汁をすすりながら思った。なんでこの仕事を選んだんだっけ、と。たぶん誰かの役に立ちたかったからだ。法務局に振り回された一日でも、謄本が誰かの人生の一部になるなら、少しは意味があるんじゃないか。そんなふうに自分に言い聞かせた。
モテなくても誰かの役に立てているのかもしれない
彼女もいない。飲みに誘ってくれる友人も減った。それでも、日々書類と格闘し、謄本を待ち、誰かの安心につながる仕事をしている。モテないし華やかでもない。でも、誰かにとって「必要な人」である限り、明日もまた同じ机に向かえる気がした。