とにかく寝たいすべてを忘れてしまいたい夜に

とにかく寝たいすべてを忘れてしまいたい夜に

とにかく寝たいと思う夜がある

司法書士という仕事をしていると、「とにかく今日はもう寝たい」と思う夜が何度もある。登記の締切に追われ、相続の複雑な話をひとりで噛み砕き、依頼者の感情にも気を配る。そんな日々を繰り返していると、心も体も擦り減っていくのが分かる。仕事が終わって自宅に戻った時、テレビもつけず、スマホも触らず、ただ布団に潜って「全部忘れたい」とつぶやく夜。誰にでもあるだろうけれど、独身のこの身にはその時間がやけに長く感じる。

何もかもがうまくいかない日の終わりに

とある一日、朝イチの電話からつまずいた。予約の変更を伝え忘れていた事務員に内心イラつきながらも、苦情を言ってきた依頼者には丁寧に頭を下げる。書類は途中でプリンターが壊れて止まり、午後には法務局とのやり取りで3回もやり直し。気づけば昼食も摂らずに、夜7時を過ぎていた。何が悪かったのか。誰かのせいなのか。いや、自分のミスかもしれないと自問しながら事務所の椅子に崩れ落ちた。こういう日は、「寝て忘れるしかない」と、ため息をつくしかない。

クライアントの一言に心が折れる

忙しい最中、ようやく時間を作って対応した依頼者にこう言われた。「簡単な手続きですよね?すぐできますよね?」。正直、その一言に殺意が湧いた。いや、もちろん口には出さない。でも胸の奥にズシンと重たい石が落ちる音がした。こっちは何時間もかけて法的調査をし、書類を揃え、ダブルチェックもしてる。けれど、外から見れば「簡単そう」に見える。それが司法書士の仕事なのだと思い知らされた瞬間だった。

「簡単なことですよね?」の破壊力

この一言は思っているより破壊力がある。まるで自分の存在意義を軽くなで斬りされたような気になる。依頼者が悪いわけではない。きっと何も知らないだけ。でも、こちらは自分の生活のすべてをかけてその「簡単そうなこと」に臨んでいる。この落差が、帰宅後の心の疲れを何倍にも増幅させる。とにかくその日は、風呂にも入らず、冷たい布団にくるまって眠るしかなかった。

積み重なる疲労と焦りと孤独

気がつけば、疲労は肩や腰ではなく、思考力や判断力にまで影を落としていた。昔なら30分で終わっていた書類チェックが、今では2時間かかる。焦っているのに集中できず、そしてまた時間が足りなくなる。その繰り返し。さらに孤独感が押し寄せる。相談相手もいなければ、愚痴をこぼす相手もいない。電話を終え、パソコンを閉じたときの無音が、やけに堪える。

睡眠時間よりも優先してしまう書類

「あと5枚だけ確認してから寝よう」。この言葉を、自分に何度も言い聞かせてきた。気づけば深夜2時。翌朝は9時に打ち合わせ。それでも、「明日ミスしたらどうする」と思うと、目を閉じる勇気が出ない。頭では寝なきゃダメだと分かっているのに、手がマウスに伸びて、Excelを開いてしまう。まるで自分を苦しめるために働いているような感覚に陥る。

深夜のコンビニと自販機が友達

事務所の近くにあるコンビニの店員には、顔を覚えられている。「また夜中におにぎりっすか?」と言われたこともある。自販機の缶コーヒーに救われたことも数えきれない。誰かに「今日はお疲れ様」と言ってほしくて、缶コーヒーの熱さを掌で感じる。深夜の街は静かで、眠れない司法書士をそっと包んでくれる。でも本音は、そんな生活から脱出したい。ただ、今はそれしかできない。

すべてを忘れたいと感じる瞬間

「この仕事を選ばなければよかったのかもしれない」と思うことがある。合格した日の喜び、開業した時の高揚感、最初の依頼者との信頼関係…それらすべてが霞んで見える夜がある。忘れたいのは、自分の不甲斐なさ、孤独、報われない努力。だけど本当は、そんな感情すら全部なかったことにしたい。ゼロから人生をやり直したいと、心の奥底で呟いてしまうことがある。

登記が通っても喜びきれないのはなぜか

登記が無事に完了しても、喜びが続かない。「ああ、次の案件に進まなきゃ」と思ってしまう。やったという達成感が残らないのは、常に次の不安がすぐ後ろに控えているからだ。成功よりも「次に失敗したらどうしよう」という恐怖の方が強い。まるで坂道を登り続けるような感覚。振り返る暇もなく、ただひたすら足を前に出すことに疲れきってしまう。

誰にも言えない「安心してはいけない」というクセ

子どもの頃、テストで100点を取っても「次も頑張らなきゃね」と言われた記憶がある。たぶんその延長なのだと思う。安心すると、次で足をすくわれる。そう信じてしまっている。だから、自分をほめられない。事務所を続けていけていることも、小さなトラブルを回避できたことも、「当然の結果」としか思えない。少しでも気を抜くと崩れる気がしてならない。

書類の山に埋もれて見えない達成感

机の上に積まれた書類の山。その中に、間違いなく自分が積み上げてきた成果があるのに、それがまったく見えない。次のタスクを処理することばかり考えて、過去の達成を忘れてしまう。これは司法書士という仕事の構造的な欠陥かもしれない。やればやるほど、報われたという実感が薄れていく。だからこそ、とにかく寝てリセットしたくなるのだ。

「ひとり」がしみる夜の静けさ

ひとり暮らしの部屋に帰ると、聞こえるのは冷蔵庫のモーター音くらい。ああ、今日も独りかと思いながら靴を脱ぎ、シャツを脱ぎ、そしてまた明日もこの繰り返しかとつぶやく。恋人もいない。結婚の予定もない。若い頃は「今は仕事が大事」と言ってきたけれど、気がつけば45歳。独身のまま、夜だけが深くなっていく。

元野球部が恋しい理由

学生時代は野球部だった。ミスをしても誰かが「ドンマイ」と声をかけてくれた。ベンチでも、帰り道でも、誰かと笑っていた。それが今ではどうだろう。ミスしても、誰も気づかず、誰もフォローしてくれない。自分だけが、自分の尻を拭いている。あのときのチームが、ふと恋しくなる。あのときの「一緒に」が、今の「ひとり」と対照的で、胸が締めつけられる。

仲間がいたあの頃と今との距離

元チームメイトの結婚式で、「お前、今も野球やってるの?」と聞かれたことがある。「いや、もう仕事が忙しくて」と答えたが、本音は「そんな余裕ない」。彼らは家庭を持ち、子どもとキャッチボールをしている。自分は、未明に登記の相談メールを見てしまう生活。そんな現実が、ふとした瞬間に胸に刺さる。誰かと笑い合う時間を、いつから失ったんだろう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。