朝一番の電話
不穏な声の依頼人
朝、コーヒーを淹れようとしたところで、事務所の電話が鳴った。
受話器の向こうから聞こえたのは、しわがれた女性の声だった。
「父が遺した家の登記が…なんだかおかしいんです」——そんな風に震えていた。
登記簿謄本の急な請求
女性の名前はナカムラヨシエ。突然、父の家の名義を調べたくなったという。
「夢で…父が呼んでいたような気がして…」と、怪談めいたことまで言い出す。
やれやれ、、、今日もまた面倒な一日が始まりそうだ。
亡き父が残した家
名義変更の不自然な時期
法務局で閲覧した登記簿謄本には、数年前に相続による所有権移転がされていた。
しかし、依頼人のヨシエさんは、それをまったく知らないという。
しかも、名義はなぜか「ナカムラケンジ」——故人の弟の名前だった。
怪しい司法書士の名前
さらに問題だったのは、登記申請に関与した司法書士の名前だった。
その名は「ヤグチリュウノスケ」——地元では少し悪名高い存在だった。
かつてテレビのバラエティ番組でインチキ鑑定士役を演じた俳優に似ていたこともあり、「詐欺師探偵ヤグチ」と、陰で呼ばれていた男だ。
サトウさんの調査開始
旧姓で登記された謎
「これ、旧姓じゃありませんか?」とサトウさんが指摘する。
登記簿には「ヨシエ」の名前も残っていたが、それは結婚前のものだった。
「何か、意図的に“相続人から外された”ような感じですね」と、冷静に見抜いていた。
封印された公図の写し
旧い書庫から引っ張り出した公図には、不自然に修正された跡が残っていた。
塗り潰されたような部分をスキャンし、画像ソフトで補正すると——
そこには、もう一つの筆があった。すでに登記から除かれた、小さな通路だ。
地元の噂と失踪事件
十五年前の未解決事件
その通路の先には、かつて小さな倉庫があったらしい。
ところが十五年前、ナカムラ家の長男が突然姿を消したという噂が残っていた。
警察も関与したが、事件性は見つからず、やがて風化していった。
登記簿に浮かぶもう一人の名
除かれた筆に残されていたのは「ナカムラタカシ」という名前。
ヨシエさんの兄で、失踪した当人だった。
遺産分割協議書にはその名前がなかった——まるで最初から存在していなかったかのように。
深夜の突撃訪問
隠された裏書き
夜、サトウさんの鋭い指摘で再度訪れた倉庫跡。
そこで見つけたのは、古びたカバンと一通の手紙。
“ぼくは、遺産も、名前も、いらない”——そんな筆跡が震えて残されていた。
土地の所有者は誰なのか
確かに失踪は本人の意志だったのかもしれない。
だが、法的にそれを無視して進めた相続手続きは無効の可能性がある。
ぼくは登記の無効を主張し、真の所有者を明らかにすべく、申立てを決意した。
鍵を握るはずの旧友
証言が食い違う理由
旧友であるという元司法書士の証言によれば、遺産放棄の口頭確認はあったらしい。
しかし、それが記録されていない以上、法的効力は認められない。
「善意でやったことだったんです」と語る彼に、ぼくは苦い目を向けた。
嘘をついていたのは誰か
結局、タカシさんは今も生きていた。
名前を変え、別の町で静かに暮らしていたのだ。
「家族には迷惑をかけたくなかった」と語る彼の姿は、どこか幽霊のように儚かった。
やれやれの結末
名義に込められた父の想い
父は、生きて戻る可能性を信じて、長男の名を伏せ、弟に託したのかもしれない。
ヨシエさんの涙は、すべてを理解したうえでのものだった。
「兄に会えただけで、もう十分です」と、微笑みながら言った。
司法書士としての役目
今回の件で、ぼくも少しだけ学んだ気がする。
登記とは、単なる紙の記録じゃない。そこには、人の想いと迷いが詰まっている。
サザエさんの波平が「バカモン!」と叱ってくれれば、きっと少し楽だったろうに——やれやれ、、、。