恋より電子証明書が優先される日常

恋より電子証明書が優先される日常

電子証明書の期限に追われる独身司法書士の朝

朝起きてスマホを見ると、通知がひとつ。寝ぼけながら「もしかして婚活アプリのマッチかも」と思って開いたら、マイナポータルからのお知らせだった。電子証明書の更新期限の通知。いや、分かってる。仕事で必要だから更新しなきゃいけないのは。でも…できれば恋の通知が欲しかった。そんな風に思ってしまう朝。もう何度目か分からないけれど、司法書士という職業と、独身という現実が、こういう時だけやけにくっきりと浮かび上がってくる。

スマホの通知に期待したらマイナンバーだった

一時期、婚活アプリの通知には敏感だった。事務所の待ち時間にも、電車の中でも、誰かから「いいね」が届いていないかつい見てしまう。でも最近は通知が来ないのが当たり前になって、逆に行政からの通知にすら反応するようになった。今回も「通知音」が鳴っただけで期待してしまい、結果マイナンバー関連。こんなことで一喜一憂している自分が情けなくもあるし、少しだけ笑えてくる。

心の準備もないまま有効期限の知らせが来る

電子証明書の更新期限は、こちらの気持ちを一切汲んでくれない。どれだけ忙しかろうが、疲れていようが、無慈悲に「期限が切れます」とだけ伝えてくる。婚活に関しては、相手が何を考えているのか分からなくて悩むのに、証明書はやけに冷酷で、でも分かりやすい。恋愛もこのくらい分かりやすければ、もっとマシだったのにと思う。

婚活アプリの通知はいつも静かすぎる

通知が来ないということは、つまり誰からも選ばれていないということだ。その事実を、司法書士としての日常に埋もれさせてなんとかやり過ごす。でも、電子証明書の期限通知が来るたび、逆説的に思い出す。「ああ、俺には恋の通知は来ないんだったな」って。元野球部の頃はもっと明るくて、前向きだった自分が、今では紙と向き合う日々。通知ひとつに心を揺らす中年男性。なかなか笑える。

役所と自分の孤独を更新し続ける毎日

電子証明書の更新のために役所に向かう。車を走らせながら思うのは、「これは自分の孤独を再認識する行事ではないか」ということ。更新という言葉が、仕事では前向きに響くのに、私生活ではどこか虚しく響く。独身でいることに慣れすぎたのかもしれない。書類の更新、ソフトの更新、期限切れの手続き…そんな日々に、心の更新はまるで置いてけぼりだ。

証明書はオンラインで更新できるのに

いまどきの電子証明書は、オンラインでの更新も進んでいる。とても便利だ。家から一歩も出ずに済むなんて、コロナ禍のときは特にありがたかった。けれど、心の問題はそう簡単にはいかない。孤独の解消も、自己肯定感の更新も、オンラインじゃできない。誰かとちゃんと向き合って、会話して、少しずつ築くものだと分かってはいる。でも、それが一番苦手なんだよな…。

自分の魅力は更新できないまま

元野球部という過去の栄光も、今やただのネタでしかない。肩は痛いし、腹も出てきたし、会話も正直ぎこちない。若い頃のように、初対面でも臆せず話しかけられる自信はもうない。司法書士という肩書きがあっても、それが恋愛に有利に働くことはまずない。マッチングアプリの自己紹介欄に「司法書士です」と書いても、反応は薄い。魅力の更新も、定期的にできればいいのにと思う。

「書類は揃っていますか?」という声に胸が痛む

役所の窓口で、いつものように言われた。「書類は揃っていますか?」と。仕事で来ているので揃ってるに決まってるんだけど、その一言が妙に刺さる。人生の書類、心の準備、パートナーとの将来…揃っていないものばかりだ。なのに、司法書士としては他人の人生の重要書類を完璧に整えている。このギャップが、じわじわと心を削る。

事務員との会話に救われる一瞬

そんなとき、唯一心がほっとするのが、事務所の事務員さんとの会話。彼女は何気ない雑談の中で、笑いながら「先生って真面目すぎるんですよ」と言ってくれる。その言葉が、冗談でも本気でも、今の自分には救いになる。誰かに見てもらえている、それだけで少しだけ生き返る。

「先生、これ期限切れてますよ」

ある日、事務員さんが小さく笑って声をかけてきた。「先生、これ…電子証明書、期限切れてますよ」って。まるでラブレターの返事みたいに渡されたその紙切れが、なんだかやたらと重かった。恋の期限はとうに切れていたのかもしれないけれど、せめてこの電子証明書だけでも、きちんと更新しておこうと思った。

まさかそれが心にも刺さるとは

期限が切れていたのは書類だけじゃない。もしかしたら、自分の「誰かに期待する気持ち」も切れていたのかもしれない。更新する手続きは簡単だけど、失われたものを取り戻すのは難しい。笑いながらそんな話をして、また業務に戻る。なんでもない時間に、ちょっとだけ胸がチクッとする。

書類を届けた帰り道で考えること

登記申請を済ませた帰り道。車の窓から見える夕暮れがやけにきれいで、思わずラジオの音量を上げる。ラジオから流れる恋愛相談コーナーに、苦笑いしながら耳を傾ける。書類は順調に片付いていくのに、どうして自分の人生は停滞しているんだろう。ちょっとセンチメンタルになる帰り道だ。

もしこの人生に更新ボタンがあるなら

仕事のミスを「Ctrl+Z」で戻せたらいいのにと思うことがある。でも、恋愛や人生にはそんなボタンはない。もしあるなら、20代後半の自分に戻って、「そのままだと40代独身の司法書士になるぞ」と言ってやりたい。だけど、今さら戻れないから、せめてこれからの人生に小さな更新ボタンを押せるような行動をしていくしかない。

仕事は山積みでも心は空室のまま

忙しい毎日。登記、相続、会社設立…休む暇もない。なのに、ふとした瞬間に感じる空虚さがある。誰かと笑い合いたい、そんな気持ちが心のどこかでくすぶっている。仕事に全力を注いでいるからこそ、その反動でプライベートの空白が大きく感じるのかもしれない。

それでも前に進む理由を探す

たとえ恋の通知が来なくても、明日やるべき仕事はやってくる。誰かの人生の節目を支える役割が、自分にはある。それだけで、自分の存在意義が保たれている気がする。自己満足かもしれないけど、それでもいい。少しでも誰かの役に立っていれば、それで今日を乗り切れる。

誰かの登記が終わるたびに思うこと

登記完了の書類を渡すときのお客様の笑顔を見るたびに、「自分は何も変わっていないけれど、誰かの人生の一部を支えたんだな」と感じる。結婚、転居、相続…どれも人生の大きな転換点。それを静かに支える仕事に、少しだけ誇りを持てる。

恋愛より確実な完了通知

恋愛は予測不能だ。マッチするかどうかも分からない。でも登記は違う。必要書類を揃えて、正しい手続きを踏めば、必ず完了通知が届く。そういう「確実性」に、心が救われる日もある。恋より確実なもの。それがこの仕事にはある。

それでも明日は少しだけ優しくなれそうな気がする

疲れている日も、孤独を感じる日も、明日はもう少し人に優しくなれたらと思う。仕事で関わる誰かに、ほんの少しでも温かい言葉をかけられたら。そんな積み重ねが、自分の中の何かを変えていくかもしれない。電子証明書は更新できた。次は、自分の心のなかの何かを、そっと更新していきたい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。