また依頼が増えてしまった焦りと孤独
依頼が増えるというのは、司法書士としては本来喜ぶべきことなのかもしれません。実際、仕事が少なければ将来の不安に押しつぶされるわけですし、食べていけること自体がありがたいはずです。でも現実には、また依頼が増えたというだけで、心のどこかがざわつきます。抱えきれない書類の山、対応が遅れてしまいそうな電話、見落としそうな期限。そんなことを思い浮かべていると、心臓が少し早く打ち始めるのがわかります。依頼が増えた分、ちゃんとこなせるのか、それが不安なのです。
忙しくなると決まって心がざわつく理由
依頼が立て続けに入ってくると、「ありがたいな」と思う反面、どうにも息苦しくなるのが本音です。1日24時間では足りないと思ってしまうし、「やれることはやっている」と頭でわかっていても、心がついてこない。特に私は、仕事を抱え込んでしまうタイプです。元野球部のクセなのか「全部自分でやらないと気が済まない」気質が抜けないのです。
喜ぶべきことなのに素直になれない
友人や他士業からは「依頼が来るってすごいことだよ」「信頼されてる証拠じゃん」と言われるのですが、素直に受け取れない自分がいます。依頼されることがプレッシャーになっていて、「また誰かの期待に応えないといけない」という義務感ばかりが募ってしまうのです。期待に応えるどころか、裏切ることになったらどうしようという恐れの方が先に立ってしまうんですね。
仕事が増えるたびに感じる“できてない感”
依頼が重なると、「あの件どうなったっけ?」と不安になる瞬間が増えます。書類に抜けがないか、連絡は滞ってないか、一つひとつが心配になる。自分では一生懸命やっているつもりでも、終わった実感がない。「できた」よりも「まだだ」という感覚ばかりが積み重なって、達成感も自己肯定感も削られていくんです。
周囲の期待と自分のキャパのギャップ
お客様や提携先の士業の方々は、「あの人なら大丈夫」と思って仕事を振ってくれるのでしょう。でも実際には、私は完璧でも万能でもない。むしろ、限界が見えている自分に無理をさせてしまっているという感覚があります。そのギャップが、焦りや不安に直結してしまうのです。
ひとり事務所の限界を感じるとき
事務員さんが一人いてくれるとはいえ、司法書士の実務を分担できるわけではありません。電話対応、郵送手配、ファイリング…全部お願いするのも気が引けて、結局自分でやってしまうこともしばしば。気づけば、朝から晩までフル稼働です。
雇ってる事務員にはこれ以上頼めない現実
今お願いしている事務員さんはとても頑張ってくれています。でも、頼みたいことが増えるたびに、「これはお願いしてもいいのか」と悩む自分がいます。給料以上のことをお願いしていないか、無理をさせていないか、そういうことばかり考えてしまうのです。だからと言って、もう一人雇えるほど余裕があるわけでもない。袋小路に迷い込んでいるような気分です。
電話対応ひとつでもうパンク寸前
ある日、仕事中に立て続けに電話が鳴り、対応しているうちに予定していた書類作成が一向に進まない日がありました。しかも、どの電話もすぐに答えられる内容ではなく、メモして折り返し…の連続。気づけば夕方で、1ミリも書類が進んでいなかった。そんな日は、情けなさと悔しさで机に突っ伏したくなります。
教える時間も気力も残ってない
事務員さんにもう少し任せたいと思うこともあるのですが、教える余裕すらないのが現実です。マニュアルを整える余裕もなく、都度口頭で伝えるのが精一杯。結果、ミスが出て「やっぱり自分でやったほうが早い」となり、さらに抱え込んでしまうという悪循環です。
焦りが積み上げる“ミスの予感”
焦っていると、普段なら見逃さないようなミスが増えてきます。頭の中では「丁寧に、慎重に」と思っていても、体が追いつかない。確認のチェックリストすら流し読みになる。そんな日々が続くと、ミスをしそうな自分に対して恐怖すら感じます。
判断ミスは気づいたときには遅い
以前、土地の地番を一桁読み間違えたことがありました。幸いすぐに気づき修正できましたが、冷や汗が止まらず、胃がキリキリと痛んだのを今でも覚えています。あれがもし登記後だったら…と想像すると、今でも背筋が凍ります。焦りが生むミスは、信頼を一瞬で壊すものです。
取引先に迷惑をかけるかもしれない不安
一つのミスで、お客様だけでなく提携先にも影響を与えてしまう可能性があります。特に金融機関や不動産業者は、スケジュールに厳しい。自分のせいで、他人の業務に支障が出るかもしれない。そんなプレッシャーを常に抱えて仕事をしていると、身が持ちません。
それでも朝は来る
どんなに愚痴をこぼしても、どれだけ焦っても、朝は必ず来ます。机の上には昨日の書類、メールボックスには未読の山。でも、なんだかんだと立ち上がってパソコンに向かうのです。誰かの役に立ちたい、その気持ちは、愚痴だらけの自分にもまだ残っている。だから今日もまた、一歩ずつやっていくしかないのです。