初対面で「先生」と呼ばれる違和感
司法書士という肩書きがある以上、仕方のないことかもしれませんが、初対面で「先生」と呼ばれると、なんだか心の距離が一気に開く気がしてしまいます。こちらとしては普通に会話をしたいのに、相手の敬語が過剰になったり、変に緊張されたりして、空気が重くなることも少なくありません。とくに地方では、肩書きがそのまま人格のように扱われがちで、本人の中身よりも「立場」で会話が進んでしまう場面がよくあります。正直、気疲れすることもしばしばです。
たった一言が作る見えない壁
「先生」という言葉は、尊敬や信頼の意味を込めて使っていただいているのはわかっています。ただ、その一言が無意識のうちに、こちらと相手のあいだに厚い壁を作ってしまっているように感じるんです。例えば登記の相談に来たご年配の方が、「先生、なんでもお願いします」と言って深く頭を下げるとき、頼られている嬉しさと同時に、「本当はもっと気軽に話してくれていいのに」と思う自分がいます。距離が近づかないまま事務的に終わってしまう案件は、なんだかこちらもやりきれません。
敬意は嬉しいけれど本音が話しにくくなる
こちらもプロとして信頼に応える責任がありますし、呼び方ひとつで仕事が大きく変わるわけではありません。ただ、「先生」と呼ばれることで相手が本音を話しにくくなってしまうのが問題だと思っています。たとえば相続の話など、家族の込み入った事情が絡む内容では、本音を話してもらえないと大事な判断ができません。実際、「こんなこと相談していいのか迷ったんですが…」と後日ぽつりと漏らされたこともあります。「普通のおじさん」として話しかけてくれた方が、よっぽど誠実なやり取りができるんですよね。
「先生」と呼ばれる側の本音とは
ぶっちゃけた話をすると、「先生」と呼ばれて一番困るのは、自分がそんな立派な人間ではないとわかっているからです。私は独身ですし、日々の仕事に追われて余裕もない。休日はくたくたで、たまの夜に一人で飲みに行くぐらいしか楽しみもない。元野球部で声だけはでかいけれど、人付き合いは苦手で、気の利いた話もできません。そんな自分が「先生」と呼ばれて偉そうにされると、むしろ居心地が悪いのです。もっと自然に、普通に、話せる関係のほうが、ずっとありがたいのです。
会話がぎこちなくなる瞬間
「先生」と呼ばれると、相手が一歩引いてしまうのがわかります。とくに若い方や、女性の依頼者に多いのですが、かしこまりすぎて本来の目的よりも「失礼がないように」という意識が前に出てしまって、会話が噛み合わないことがあります。こちらはリラックスして話してほしいと思っていても、向こうがそう感じていない以上、雰囲気は変わりません。結果、こちらも型通りの対応になってしまい、「あの方、感じは良かったけど、堅かったですね」で終わってしまうんです。
距離を詰めたいのに詰められない
司法書士の仕事は、人の人生の節目に関わることが多いです。だからこそ、依頼者との信頼関係が何より大事なのに、その一歩目から壁ができてしまうのはつらいところです。実際、何度かやり取りを重ねてようやく呼び方が「先生」から「稲垣さん」に変わったとき、相手の顔つきまで柔らかくなったのを見て、「最初からこういう関係が築けたらいいのに」と思わずにはいられませんでした。こちらとしては、ただ話しやすい司法書士でありたいだけなのです。
雑談の一歩が踏み出せない理由
普通の会話って、雑談から始まることが多いじゃないですか。でも「先生」呼びがあると、その最初の雑談すらできなくなる。たとえば「暑いですね」と言っても、「いえ先生、おかまいなく」なんて返されたりする。いやいや、ただの天気の話をしただけなのに…と心の中でがっくりします。そうなるとこちらも「じゃあ次の書類はこちらです」と、業務モードに切り替えるしかなくなって、余計に事務的なやり取りになる悪循環です。
「親しみやすさ」が業務を助けるという皮肉
実は、親しみやすい関係のほうが、仕事もスムーズにいくんですよね。たとえば、「先生って独身なんですか?」と聞いてきた年配の女性のお客さんがいて、最初は驚いたけれど、その後は打ち解けて、どんどん本音で話してくれました。結局、その案件は時間も手間もかかったけれど、最後には「あなたに頼んでよかった」と言ってもらえて、心から嬉しかったのを覚えています。立場じゃなくて人間として向き合えるかどうか、それが一番大事なのだと、つくづく感じています。
事務員との会話から学んだこと
うちの事務員さんは、もう長く勤めてくれている方で、普段は名字で呼んでくれています。彼女とは毎日一緒に働いているからこそ、余計な壁はなく、自然に話ができます。時には冗談も言い合いながら、ちょっとした失敗も笑って流せる。そんな関係が、どれだけ救いになっているかは、なかなか外の人には伝わらないかもしれませんが、実はかなり大きな支えになっています。やっぱり、「先生」じゃなくて「人」として見てもらえる関係が、仕事にも心にも効いてくるんです。