バインダーに挟んだままの夢がある

バインダーに挟んだままの夢がある

バインダーに挟んだままの夢がある

夢をファイリングした日から時間が止まった

司法書士になったとき、自分の中では小さな達成感と同時に、これから何か大きなことができるんじゃないかという漠然とした期待があった。あの頃は、誰かの人生の転機に関わる仕事に携わるということが、まるで物語の登場人物にでもなったかのような高揚感をもたらしていた。でも、それはほんの一瞬の出来事だった。現実の業務は淡々としていて、次第に「夢」や「理想」なんてものは、ファイルの奥に綴じ込まれていった。

司法書士になったあの日に描いた理想

資格を取った日のことを思い出す。親にも恩返しできると、事務所の立ち上げを夢見ていた。地方に戻り、地域の人のために働きたい、という気持ちも純粋だった。法の力で人を助ける、という理念は今でも嘘じゃない。だけど、あの日の自分が今の自分を見たら、どう思うだろう。いつの間にか、時間と業務に追われてばかりで、人の顔を見る余裕もなくなっていた。

正義感と希望と、少しの見栄

正義感で動いていたはずが、気づけば体裁や世間体が優先されている。地元で開業すると言ったとき、親戚から「立派だ」と言われた。周囲の期待に応えようと背伸びした自分もいた。見栄も混ざってた。でも、その見栄に引っ張られたまま、バインダーを開く余裕もなくなっていった気がする。

あのときの自分に言いたいこと

もっと自分に正直に、余裕を持てと伝えたい。肩に力が入りすぎていたことを、今になってやっと気づく。書類に追われるだけの毎日に、あのときの夢を思い出す余白を残しておいてほしかった。

現実は紙とハンコにまみれた日々

司法書士の仕事は華やかさとは無縁だ。黙々と書類を作り、確認し、提出する。そのルーティンの中に、確かに「人の人生」はある。でもそれを感じられる余裕がなくなってくると、仕事がただの事務作業になってしまう。紙の重さが、少しずつ夢の輪郭を曇らせていく。

一日中「印鑑ください」のループ

「印鑑ください」この一言に、何回頭を下げてきたことだろう。書類の確認、記載ミスの修正、印鑑の押し直し。自分が「司法書士」なのか「印鑑回収係」なのか、分からなくなる瞬間がある。事務所に戻るとまた山のような書類が机の上に待っていて、ため息とともに椅子に沈む。

疲れた顔の自分がモニターに映る

モニターに映る自分の顔がひどく老け込んで見える。かつては気合いでどうにかなると思っていたが、体力も気力も削られ続けている。眠れない夜が増えた。やりがいがないわけじゃない。ただ、やりがいの隣にいつも疲労と孤独がいる。

事務員はひとりだけ でも心強い

うちの事務所には事務員が一人だけいる。もう何年も一緒にやってきた。彼女の存在がなければ、ここまで続けてこられなかったと思う。でも、彼女もまた限界ギリギリで頑張っている。

愚痴を聞いてくれる存在のありがたさ

たまに「もう無理ですね」なんて笑いながら言う彼女の声に、救われる自分がいる。話せる相手がいるというだけで、孤独感は少し和らぐ。感謝の気持ちを伝えるタイミングを、いつも逃してばかりだ。

でも聞き返してくれる暇もない

こちらも忙しくて、相手の話をじっくり聞けない。結局、お互いがそれぞれの疲れを抱えたまま一日が終わる。そんな日々が続く中で、心の中にある「夢」のことを考える時間がどんどん減っていく。

元野球部だった頃は 夢の話をよくしてた

高校時代、野球部の仲間と未来の話をするのが楽しかった。プロを目指してたわけじゃない。でも、何か大きなことができる気がしていた。あの頃の自分は、誰かに必要とされることに喜びを感じていた。

白球を追ってた頃と今の自分

白球を追いかけて泥まみれになっていた自分と、今、書類に囲まれてため息をつく自分。どちらも必死だった。ただ、今の自分の必死さには「楽しさ」が欠けている。必死に守るものがあるのに、支えられている実感が薄い。

チームプレーのはずがワンマンすぎる日常

司法書士の仕事も本来は「誰かと一緒に進める」べきものなのに、気がつけばひとりで全部背負い込んでいた。自分でやったほうが早い、ミスがない、そうやって周りとの距離も夢との距離も広がってしまった。

バインダーの奥に眠るやりたかったこと

昔、やりたいと思っていたことがある。成年後見、相続の相談、困っている人に寄り添うような仕事。でも、目の前の登記申請や書類整理に追われるうちに、その気持ちを綴じたバインダーを棚の奥にしまってしまった。

社会を変えたかったなんてもう言えない

大きなことは言えないけれど、それでも「誰かの助けになりたい」と思って始めた仕事だった。理想を語ることが恥ずかしくなるくらい、現実は泥臭い。でも、ゼロにはなっていない。どこかに、ちゃんと残っている。

でもちょっとした救いにはなれているはず

依頼者からの「ありがとう」の一言で、すべてが報われる瞬間がある。劇的な変化じゃなくていい。誰かの人生の片隅に関われている、それだけで本当は十分なんだ。

最後に バインダーを開いてみよう

この仕事を続ける限り、きっとまた夢と向き合う機会はくる。バインダーの奥にしまってしまった「やりたかったこと」を、ほんの少しでも引っ張り出してみようと思う。何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはない。

夢はきっと 今でもそこにある

紙と書類とルーティンの中に、昔見た夢がまだ隠れている気がする。見つけたら、少しずつでも形にしていきたい。それが、自分をもう一度前に進ませる力になるかもしれない。

誰かの人生を綴る そのすぐ隣に

司法書士という仕事は、誰かの人生の節目に立ち会うことだ。その書類一枚の横に、自分自身の物語を重ねていく。夢を諦めたわけじゃない。ただ、少し奥にしまっていただけだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。