職業を聞かれるたびに訪れる微妙な沈黙
「ご職業は?」と聞かれるたび、軽く息を吸い込む癖がついてしまった。こちらが「司法書士です」と答えると、大体、相手は「へえ…司法書士…」と繰り返すか、「え?書道の先生ですか?」と返してくる。地方の田舎町では、そもそもその存在すら知られていないことも多い。名刺に肩書きを入れても、渡した瞬間から説明会の始まりだ。たとえば散髪に行ったとき、美容師さんに職業を聞かれて答えると、「へえ、なんか難しそうですね〜」で会話が終わる。その瞬間、自分が社会的に存在していないような気分になる。
司法書士という言葉の浸透度
士業の中で、司法書士は特に「なんとなく聞いたことあるけど、何する人?」の代表格かもしれない。弁護士や税理士と比べて、圧倒的に認知度が低いのだ。行政書士と混同されることもしばしばで、特に年配の方には「昔の代書屋さんでしょ?」と言われることもある。もちろんそれもルーツの一つではあるが、今や業務範囲は登記だけに留まらず、裁判所提出書類の作成や成年後見など、実は幅広い。だが、そのことを誰かにいちいち説明する機会があまりにも多いのだ。
士業なのに伝わらない肩書き
「士」がついているのに、なぜここまで伝わらないのか。弁護士=法律、税理士=税金、司法書士=登記?といった程度で、一般の人の理解は止まっている。「あー、土地の書類とかね!」と言われると、それ以上何も言えなくなってしまうことがある。しかも「よく知らないけどなんか偉そう」みたいな雰囲気もあり、こっちとしてもやりづらい。もっと広報が必要なのか、それともこちらからの説明の工夫が足りないのか。名刺の裏に業務内容をびっしり書いたこともあるが、あまり読まれなかった。
説明するたびに心が削られる感覚
登記の話や債務整理のことを言っても、相手はだいたい「へー」と言って終わる。その「へー」に含まれる温度差が、じわじわと心を蝕んでくる。まるで、誰にも理解されない道を一人で歩いているような気持ちになるのだ。先日も、婚活アプリで出会った女性に職業を伝えたら、「え、それって…司法試験通ってるの?」と聞かれて、「いや、違う資格なんだけど…」と答えた瞬間に、明らかにテンションが下がったのを見てしまった。なんとも言えない寂しさが残った。
誤解されやすい仕事ナンバーワン
「なんか書類作る人?」と聞かれたこともある。「司法書士って聞いたことあるけど、行政書士とは違うの?」とも。確かに名前が似ている。私自身、資格を取る前は区別がついていなかったほどだ。だが今となっては、それぞれの業務範囲も責任も全然違うことがわかる。だけどそれを説明しようとすると、相手の目がどんどん遠くなっていく。説明しても響かない、という経験が積み重なると、だんだん口数も減ってしまう。そうして、また誤解が深まっていく。
弁護士との違いって毎回聞かれる
最も多い誤解は「弁護士と何が違うの?」だろう。確かに法律系の職業ではあるが、我々はあくまで書類の専門家であり、登記や債務整理、簡裁訴訟代理など、範囲は限られている。だがそれをひとつひとつ説明しても、伝わらないのが現実だ。しかも、「じゃあ弁護士でよくない?」と聞かれると、こっちは完全に詰んでしまう。業務内容が違うと説明しても、相手にとっては「結局よくわからない人」になってしまうのだ。
裁判所にも行くのに何故か伝わらない
「裁判所に提出する書類を作成する仕事です」と言うと、「じゃあ書記官ですか?」と聞かれたことがある。まさかそこまで行くとは思わなかったが、実際には裁判所へは毎月何度も足を運ぶし、登記関係では法務局とのやり取りも多い。地味だけれど、社会の裏方として欠かせない仕事のはずなのに、なぜか一向に市民権が得られない。これが現実である。
わかってもらえない日々の中で
誤解されても、説明しても、伝わらなくても、それでもこの仕事をしている自分がいる。そんな毎日を支えているのは、ほんの一握りの「ありがとう」と「助かりました」の言葉だ。誰にもわかってもらえないという孤独の中で、その言葉だけが灯台のように心を照らす。周囲には理解されなくても、依頼者とのやり取りの中には確かなやりがいがある。
親族や知人にもちゃんと説明できない
実家の母にすら、未だに正確には仕事内容を理解されていない。「忙しそうやなあ」とは言ってくれるが、「なんか書類取りに行くんやろ?」という認識止まりだ。法務局への申請や不動産登記の仕組みなんて、話してもピンとこない。親戚の集まりでは、「インテリやなあ」と言われるだけで話が終わる。逆に言えば、それだけ見えにくい仕事ということでもあるのだろう。
元カノには難しそうと言われて終わった
前に付き合っていた女性に、「司法書士って難しそう。私には関係ない世界って感じ」と言われたことがある。そうかもしれない。だが、相続で家族がもめたとき、遺言書の話になったとき、土地を売るとき…その“関係ない世界”が、突然目の前に現れることだってある。そういう時に力になれる存在でありたいのだが、想いは伝わらなかった。
聞き返された瞬間にやる気が萎える
「司法書士って、なにする人でしたっけ?」このセリフを聞いた瞬間、心のどこかにフッと冷たい風が吹く。話す前の熱意が一気に消えていく。そんなときは、自分がただの作業員のように思えてしまう。役に立っていないわけではない。でも、誰にも気づかれず、知られず、ただ黙々と手続きをこなしていく自分が、時折とても虚しく思えてしまうのだ。
それでもこの仕事を続ける理由
正直、もっとわかりやすくて、誰からも「すごいですね」と言ってもらえる職業だったらよかったと思うこともある。でも、司法書士としての誇りは、日々の地味な業務の中に確かに存在している。目立たなくても、人の人生の転機に関われる仕事。だから、辞めずに今日も事務所のドアを開ける。
ありがとうの言葉に救われる瞬間
「先生のおかげで助かりました」と言われたときのあの感覚は、他では味わえない。面談中に涙を流した依頼者が、最後には笑顔になって帰っていく。それだけで、たとえ何度聞き返されようと、この仕事をしていてよかったと思える。派手な拍手はなくても、静かに誰かの力になれることに、心からの価値がある。
地元の誰かの役に立てているという実感
都会では得られない、顔の見える関係性。誰かの紹介でやってきた依頼者が、また次の人を紹介してくれる。口コミだけで成り立つ世界。それは簡単なようでいて、信頼の積み重ねがないと成立しない。小さな田舎町で、一人ひとりの暮らしに寄り添うこと。それが、自分の存在意義になっている。
誰にも届かなくても仕事は積み重なる
目立たなくてもいい、理解されなくてもいい。そう思うようになったのは最近のことだ。司法書士という職業は、誰かの裏方であり、支えであり、影の伴走者だ。自分のしていることが表に出ることはない。でも、確かに人の生活の一部になっている。そう信じて、今日もまた書類とにらめっこしている。
いつか誰かに一発で伝わる日を夢見て
「司法書士です」と言っただけで、「ああ、あの頼れるやつね!」と言われる日が来たら…そんな日を夢見ている。現実はまだ遠い。でも、それでも歩みを止めない。知られざる職業でも、誰かの人生に確かに関わっている。そのことだけを胸に、また明日もこの机に向かうのだ。
もっと知られてほしい司法書士という仕事
司法書士の仕事は、法律の世界と現実の生活をつなぐ橋渡しだ。土地や建物、相続や借金、老後や遺言といった現実的な問題に、静かに寄り添う存在。もっともっと、一般の人に知ってもらえたら、きっと社会の見え方も少し変わる。そう願いながら、今日もまた一件ずつ丁寧に対応していく。
士業の中でも縁の下すぎる立ち位置
弁護士が表舞台で活躍するなら、司法書士は裏方の要。建物でいえば土台のようなものだろう。誰も見ないけれど、なければ成り立たない。誤解され、忘れられ、それでも誰かの暮らしを支える役割に、密かな誇りを持っている。
肩書きより中身で勝負する覚悟
たとえ職業名だけでは伝わらなくても、中身を見てもらえたらいい。対応の丁寧さ、仕事の正確さ、依頼者への真摯な姿勢。そういったものこそが、本当の意味での「司法書士」の価値なのだと、胸を張って言えるようになりたい。