プリンターだけが見ているこの仕事の孤独

プリンターだけが見ているこの仕事の孤独

静かな事務所で動くのはプリンターだけ

司法書士事務所といえば、来客が多くてにぎやかなイメージを持たれるかもしれないが、地方の現実は少し違う。日中に訪れる人はまばらで、電話が鳴ることも減ってきた。そんな中、事務所の空間を唯一切り裂く音が、プリンターの稼働音だ。カタカタと紙を送り出す音は、この静けさの中で唯一の生活音とも言える。誰かと話すこともなく、誰かに見られることもなく、ただ淡々と仕事を進める毎日。その中で、黙々と動くプリンターは、まさに相棒だ。

朝一番に電源を入れる音が日常の始まり

毎朝、出勤してまずやることは、プリンターの電源を入れること。コーヒーを淹れるよりも先だ。立ち上がるまでの数十秒、その間に今日の予定を頭の中で組み立てる。どの登記を仕上げて、どの依頼者に連絡を取るか。プリンターが「準備OK」と表示した瞬間、こちらのスイッチも入るのがわかる。これはもう習慣というより、儀式に近い。時には「今日も頼むな」と心の中でつぶやくこともある。誰もいない事務所で、そんなひとりごとが自然と出るようになった。

人の声より先に聞く紙送りの音

多くの日は、最初に聞こえる「音」がプリンターの紙送りの音だ。ガチャッ、ウィーンという機械音が、やけに人間らしく聞こえる朝もある。電話もメールも来ない午前中は、まるで自分とプリンターしか存在していないかのようだ。声を出さずに過ごす時間が長すぎて、ふとした時に「あれ?今日しゃべったっけ?」と思い返すこともある。この感覚、同じように一人で事務所をやっている司法書士にはわかってもらえるはずだ。

それが今日も仕事を始める合図になる

プリンターが動き出すと、自然と体も動き出す。朝のその一音が、自分にとっての始業ベルだ。昔、野球部だった頃、グラウンドに足音が響くと自然と気合が入った。今はその代わりにプリンターの音。少し情けないような、でもなんだか笑えてくる。誰にも見られていない分、自分との戦いが強調される。今日もこの孤独なグラウンドで、自分なりの一日が始まるのだ。

事務員一人と二人三脚の現実

うちの事務所には事務員が一人。とても真面目で丁寧に仕事をしてくれる。とはいえ、物理的にも精神的にも、分担できることには限界がある。登記の書類を一式そろえて、印刷して、提出して、また戻ってチェックして……そういう単純作業を共有することは難しい。結果的に、機械のように繰り返す日々を、ほとんど一人でこなしているような気がする。

忙しさを共有する相手が限られている

事務員さんはよく頑張ってくれているけれど、やはり仕事の責任はすべてこちらにかかってくる。特に、締め切りギリギリの案件や、法務局との調整などは全部こちらの担当だ。誰かに「大変ですね」と言ってもらえるわけでもないし、「あとは任せて」と引き取ってくれる人もいない。だからこそ、プリンターの「ジジジ…」という音が、まるで「大丈夫ですよ」と言ってくれているような気がしてしまう。

機械と人間の間で支え合う不思議なバランス

書類を印刷する、複数部用意する、訂正印が必要なものは一枚ずつ出す。そういった作業をしていると、プリンターがスムーズに動いてくれる日は少しだけ気持ちが軽くなる。逆にトナー切れや紙詰まりが起こると、一人で全部抱えている気がしてどっと疲れる。誰かと一緒に働くより、むしろプリンターと自分の相性が業務の流れを左右しているように思える時もある。

紙を出すだけの存在じゃない

プリンターというと「ただの機械」と思う人も多いだろう。でも、自分にとってはもっと近い存在だ。調子の良い日は本当にありがたいし、不調の時はイライラをぶつけたくもなる。でも、どんなに壊れても、修理してでも使い続けてきた。買い替えた方が早い時期もあったけど、気づけば10年以上の付き合いだ。

プリンターがいないと業務が止まる日もある

一度、どうにもならない紙詰まりで業務が完全に止まった日がある。登記の期日が迫っていて、代替も効かない。近所のコンビニで印刷しようとしたが、特殊サイズに対応しておらず、泣きそうになった。結局、古い機種を引っ張り出してなんとか乗り切ったが、その日は本当にプリンターのありがたさを痛感した。相棒どころか、命綱だった。

頼りすぎて文句も言いたくなる不条理

完璧な存在ではない。紙詰まり、印字のズレ、Wi-Fi接続の不安定さ。忙しいときに限ってエラーを起こすのはもはやお約束。だけど、そんなときに「おい…今じゃないだろ…」と小声で文句を言ってしまうのは、完全に依存している証拠なのかもしれない。信頼しているからこそ、裏切られた気分にもなるのだろう。

誰かに聞いてほしいけど誰もいない

愚痴を言いたいとき、人がいない。電話で友人に話すほどのことでもなく、事務員に言えば気を使わせてしまう。だから、自然とプリンターに話しかけるようになる。返事が返ってくるわけではない。でも、ただ声に出すだけで、少し気が楽になることがある。

プリンターの稼働音に話しかけることもある

「今日もトナー持つかな?」「この書類、間違ってないよな?」そんな独り言が増えていく。最初は違和感があったが、今では自然になった。人と話すよりも気楽だし、何より否定されることがない。孤独といえば孤独だが、誰にも邪魔されずに集中できるとも言える。誰かに見られていたら恥ずかしいが、この静かな空間では、それも日常の一部だ。

愚痴を聞いてくれるのは紙だけ

今日も一日終わりかけ、プリンターから出てくる最後の書類を眺めながら、「よく頑張ったな」と自分に言い聞かせる。誰にも褒められなくても、紙がその証拠としてそこにある。プリンターと自分だけが知っている「今日という一日」の重みが、そこには詰まっている。

こんな毎日でも続ける理由

楽な仕事ではない。孤独もあるし、報われないことも多い。でも、それでもやめようとは思わないのは、自分の中にある「役割意識」だ。司法書士として誰かの手続を支え、目に見えないところで社会を動かしている。そう信じている。だからこそ、どんな日もプリンターのスイッチを入れて、一日を始めるのだ。

一枚ずつ積み重ねた信頼と責任

この仕事は派手ではないが、確実に誰かの生活に関わっている。書類一枚が、不動産の権利を守り、相続の混乱を防ぐ。その一枚をプリンターと一緒に刷り続けてきた。誰にも気づかれなくても、自分の中には「やってきた」という実感がある。それが、続ける理由の一つだ。

独りでも投げ出さない元野球部の意地

野球部時代、最後の試合で負けても、全力でやり切ったあの感覚が忘れられない。今の仕事も似ている。結果は誰かに取られてもいい。でも、自分がやれることは全部やる。独りきりの事務所で、プリンターの横に立つ背中には、昔の背番号の気持ちがまだ残っている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓