法務局閉まる10分前の攻防戦
静かな午後に鳴った一本の電話
それはサトウさんのコーヒーを奪う合図
午後四時四十七分。事務所に静けさが戻り、サトウさんがようやく淹れたコーヒーを一口飲もうとしたその瞬間、電話が鳴った。無情とはこのことか。発信者番号を見るまでもなく、嫌な予感が背中を這い上がってくる。まるでサザエさんのエンディングに流れるあの効果音のように、絶望の訪れが確定した。
クライマックスはいつも決まって16時50分
どういうわけか、急ぎの依頼はいつも閉庁10分前に集中する。タイミングを見計らっているのか、それとも依頼人たちの体内時計に何か共通点があるのか。仮にこの現象を“駆け込み現象症候群”と名付けたとして、誰も異議を唱えないだろう。
依頼人は駆け込みのプロだった
書類一式はクリアファイルに入っていない
ドアがバンと開いた。見慣れない男性が「すみません!今から間に合いますか!」と半ば叫ぶように言う。その手には、ぐしゃっと丸まった書類の束。クリアファイル?そんな上品な気遣いがあれば、とっくに来てる。
「急ぎで」から始まる地獄のBGM
「急ぎでお願いしたいんです」——その言葉は、司法書士界におけるデスチャイムである。まるで探偵アニメで「これは事件だ!」と叫ばれるあの瞬間のように、脳内でBGMが流れ出す。問題は、この事件、誰も喜んで解決したがらないことだ。
サトウさんの冷静と情熱のあいだ
登記情報提供サービスを操る左手
もはや無言でキーボードを打ち始めるサトウさん。左手で登記情報提供サービスを操作しながら、右手では謎の速さで書類を整理していく。その姿は、まるで怪盗キッドが手品のように煙玉とカードを使い分けるかのようだった。
タイピング音はもはや探偵の推理シーン
カタカタと響くタイピング音。頭の中では「ピタリと一致する…この謄本とこの申請書…間違いない」と誰かのナレーションが再生される。現実は、ただの書類チェックなのだが、サトウさんのスピードに感動すら覚える。
法務局のシャッターは情け容赦ない
あの警備員の冷たいまなざし
16時59分。法務局の前に滑り込むと、あの警備員がこちらをチラッと見る。目が語る。「はいはい、またギリギリね」と。言葉に出さないだけまだマシか。彼もまた、ギリギリ人生の観察者なのだ。
「あと5分」が意味する絶望と希望
「あと5分あります」と窓口の職員が言ってくれた瞬間、まるでホームランが飛び出したような気持ちになる。だがその喜びはつかの間。なぜなら、「5分で出せるわけない書類」だったからだ。
そして締めの言葉は決まっている
「やれやれ、、、今日もこのパターンか」
法務局の扉が閉まり、依頼人が去ったあと。ようやくコーヒーに手を伸ばしたサトウさんがぼそっと呟いた。「閉まる直前って、みんな勇者になるんですね」。私は言うしかなかった。「やれやれ、、、今日もこのパターンか」と。
その背中に夕焼けが似合うとは誰も言わない
事務所に戻る道すがら、西の空がオレンジに染まっていた。誰にも褒められず、誰にも気づかれず、それでもまた明日もギリギリのドラマは続く。元野球部の私にとって、これはサヨナラホームランではなく、延長戦の始まりに過ぎない。