仕事をしていても何かが足りない日々の謎
開業十七年目の朝に感じた違和感
目覚まし時計が、例によって午前6時を告げる。枕元のスマホは未読メールが3件。ニュースアプリが「新紙幣発行へ」とか何とか騒いでいるが、司法書士にとっては旧紙幣も新紙幣も「紙切れの額面」以上の意味はない。
台所は静まり返っていた。冷蔵庫の中には、昨夜のコンビニ弁当の残骸。コーヒーを淹れながら、ぼんやりとサザエさんの波平の声を思い出した。「フネ~、朝は味噌汁じゃないか」。うちはもうずっとインスタントだ。
サトウさんのひと言が刺さる日
事務所に入ると、サトウさんが手を止めてこちらを見た。「先生、なんか元気ないですね」。
やれやれ、、、また察しのいい事務員で助かるやら鬱陶しいやら。
依頼者の声がやけに胸に残った
午前中の相続登記の相談に来た初老の女性が、不意に漏らした。「誰も私のことなんか見てないんですよ」。
登記簿謄本を前にしたその言葉が、やけに耳に残った。手続きが終わって、彼女が帰った後も、デスクに残された遺言書のコピーが、どこか言い残した表情をしていた。
事務所に届いた一通の手紙
午後、郵便受けに差出人不明の封筒が一通。
中には小さな紙切れ一枚。「あなたは何のために仕事をしていますか」
やれやれ、、、怪盗キッドでも来たのか?と、思わず苦笑した。封筒の角には見慣れた消印。どうやら地元の誰かだ。
元野球部の直感が騒ぎ始める
こういう唐突な問いかけには、なんとなく覚えがある。高校時代、部室で誰かが言ってた。「なあ、何のために野球やってんだろな」って。あれから20年以上。ボールは持ち替え、今はハンコを振ってるだけの毎日だ。
「サトウさん、過去1年間の相続登記の依頼者リストをくれないか」
「え、なんか始まります?」
まるで探偵モノの助手のような返し。そういえばコナン君にも蘭ちゃんにも、こういう絶妙なツッコミ役がいたっけ。
欠けていたのは書類じゃなかった
調べていくうちに、件の女性の息子が、数年前に交通事故で亡くなっていたことがわかった。遺言書はその後、彼女が自分で書いたものらしい。
「誰も私のことを見ていない」という言葉の裏にあったのは、「誰かに気づいてほしかった」という叫びだった。
私はずっと“手続きの整合性”ばかりを見ていた。人の心の欠けた部分は、登記簿には載らないのだ。
答えは今も出ないけれど
あの手紙の送り主は結局わからなかった。もしかしたら、あの女性自身が出したのかもしれない。あるいは私の机の引き出しに潜んでいた“何か”が、勝手に出した幻か。
いずれにせよ、今日も仕事は続く。
それでも、少しだけ何かが変わったような気がした。足りないものは、もしかしたら見えない何か。そしてそれに気づけるかどうかが、私という司法書士の腕の見せどころなのかもしれない。
エピローグ
「先生、最近ちょっと優しくなりました?」
サトウさんが笑う。どうやら私は、登記簿以外の“何か”も見つけ始めたらしい。
やれやれ、、、それもまた仕事のうちか。