不審な遺言書

不審な遺言書

不審な遺言書

梅雨の名残が色濃く残るある日のこと、事務所の電話が甲高く鳴った。
「急ぎの相談です。父が亡くなって、遺言書が出てきたんですが……」と、震える声。
電話の向こうの女性はどこか切迫しており、胸騒ぎがした。

始まりは一本の電話

依頼人の名は中野ミユキ。父親の急死後に発見された遺言書の検認を依頼してきた。
だが彼女はこう付け加えた。「父はそんなことを書く人じゃないんです」
遺言書には、長年疎遠だった義理の弟に全財産を譲ると書かれていた。

サトウさんの違和感

「これ、ちょっと変ですよね」
サトウさんが差し出したコピーを見て、私は眉をひそめた。
文中の不自然な空白や語尾の揺れ、そして何より筆跡の一部がどこかぎこちない。

依頼人の急死

検認申立ての準備が整う頃、中野ミユキが自宅で倒れているのが発見された。
警察は持病による突然死と断定したが、私は違和感を拭えなかった。
遺言書をめぐる相談をした直後に、偶然とは思えなかった。

遺言書の中の矛盾

遺言書の作成日は一年前。だがその日、被相続人は入院中だった記録が残っている。
しかも病室には筆記具の持ち込みは禁止されていた。
どうやってその場で自筆証書を残したというのか。

登記簿が語る過去

不動産登記簿を調べると、一部の土地が数ヶ月前に名義変更されていた。
遺言書の内容と一致しない取引に、何か隠されている気配があった。
相続前の贈与か、あるいは……偽装か。

不動産の裏にある関係図

中野家の親族図を作成すると、義理の弟・中野シンジの存在が際立った。
彼は過去に金銭トラブルを起こし、兄とは絶縁状態だったらしい。
それなのに、なぜ彼の名前が遺言に?

名義変更のタイミング

登記された時期は被相続人の死の一ヶ月前。
司法書士を通さず、代理人を立てた怪しい登記だった。
私は法務局でその申請書を取り寄せた。

親族の証言が割れる

兄を慕っていたという従兄は「シンジさんが介護していたなんて聞いたことがない」と言った。
しかし近所の住民は「たまに訪ねてきていた」と話す。
噓をついているのは誰だ?

かすれた印影の謎

遺言書に押された印影は不自然なかすれがあった。
朱肉の色も古びておらず、最近押されたように見えた。
私は鑑定士に依頼することにした。

筆跡鑑定が示す真実

鑑定結果は「明らかに他人の手による模倣」とのことだった。
やれやれ、、、ここまで堂々と偽造するとは、サザエさんのカツオでももう少し工夫するぞ。
私は確信した。これは犯罪だ。

サトウさんの冷静な一手

「これ、付箋の下に何か書いてあります」
遺言書の原本に貼られていた付箋をサトウさんが剥がすと、そこには消し忘れたメモがあった。
日付と、名前。「弁護士ミヤザキ」の名が走り書きされていた。

法務局で拾った鍵

私は法務局の資料室で偶然、過去の登記でミヤザキの名前を見つけた。
彼はかつて職権で登記を申請したことがあり、懲戒処分を受けていた。
その後、行方をくらましていた。

やれやれ事件簿の山だ

まるでルパンのように足跡を残さず動くこの元弁護士。
登記簿と遺言書を利用して財産を横取りしようとしたのだろう。
私は警察に通報し、証拠一式を提出した。

隠された贈与契約の痕跡

さらに調べると、被相続人の口座からシンジへの振込記録があった。
名義変更を合法に見せかけるための工作だったと判明した。
だが、それでは贈与税逃れとしても立件は難しい。

公正証書に残る不自然な日付

ある公正証書の作成日が、ミユキが「父は入院していた」と語った日と重なっていた。
つまり、その日に外出して公証役場に行くことは不可能。
やはり、すべて仕組まれたものだった。

動機は相続ではなかった

犯人の狙いは金ではなかった。
兄との確執を終わらせる「証明」がほしかったのだ。
自分こそが最期まで兄のそばにいた、という“記録”を残すために。

真犯人の意外な狙い

シンジは逮捕後にこう言った。「兄貴を看取ったのは俺だ。それだけで充分だった」
だが、偽造と詐欺の罪は重い。
彼の記憶にしか残らない真実は、紙の上では嘘になった。

静かな逮捕劇

警察は元弁護士ミヤザキも逮捕した。
複数の相続事案で偽造に関与していた疑いがあった。
悪知恵はあっても、正義には勝てなかった。

嘘の連鎖の終着点

一つの遺言書が暴いた人間関係の闇。
司法書士である私の手の届かぬところでも、真実はじわじわと姿を現す。
ただ、そのたびに胃が痛むのはやめてほしい。

終わりと日常の境目

事務所に戻ると、サトウさんが冷たい声で言った。「報告書、終わってませんよ」
私は「やれやれ、、、」と椅子に沈みながら答えた。
「今日ぐらいは俺を探偵として褒めてくれてもいいと思うんだけどな」

サトウさんの無言のツッコミ

彼女は無言でファイルを机に置いた。
その動きだけで、「調子に乗るな」というツッコミが伝わってくる。
慣れって恐ろしい。

今日も事務所に陽が差す

窓の外から夏の光が差し込む。
事件は終わり、また普通の登記相談が始まる。
推理ものに疲れた私は、そっと麦茶をすすった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓