朝一番の依頼人と濡れた書類
雨音が妙にうるさかった。そんな朝に限って、コピー機は紙詰まりを起こす。事務所のドアが開いたのは、まだ9時前だった。
予想外の来訪者は古びた封筒を持っていた
びしょ濡れのコートを羽織った中年の男性が、封筒をぎゅっと握っていた。その手は震えていた。「登記をお願いしたいんです」と静かに言う。
破れた角と滲んだ筆跡
中の書類は水を吸ってふやけていた。印影はかろうじて読めるが、肝心なところが滲んでいる。
サトウさんの不機嫌なモード突入
「朝からこれですか……乾かすのに時間かかりますよ」とサトウさん。わかってる。俺も思った。でも、こういうの断れないんだよ。
不自然に空いた日程と電話の沈黙
スケジュールにぽっかり空いた午後
今日だけ、やけに時間が空いていた。まるでこの依頼のために確保されていたように。
司法書士の直感は曇りがち
「いやな予感ってありますよね?」と俺がつぶやくと、サトウさんが「いつもじゃないですか」と返す。痛いところを突いてくる。
「何か、変ですね」とサトウさん
そのとき電話が鳴った。依頼人の会社から。「そんな依頼、出した覚えはない」とだけ言って切れた。
古い登記簿の中に紛れた赤い付箋
なぜそこに?誰が?
登記簿を調べるうちに、見覚えのない付箋が目についた。「昭和58年 特記」とある。妙に手書きの字が丁寧すぎる。
役所の閉庁5分前の戦い
資料の原本確認に走った。窓口の担当者が「あ、司法書士のシンドウさん」と、驚いた顔で迎える。「この資料、誰かと取り違えたかもって」
やれやれ 今日はカップ麺確定か
自販機の横に座り込みながら、カップ麺の熱気でメガネが曇った。「サザエさんの波平くらいに、俺の胃も凹んでますよ」とつぶやくと、誰も笑ってくれなかった。
証明印の押し直しと妙な既視感
真面目すぎる依頼人のうっかり
もう一度確認すると、委任状が2枚あった。片方は日付が2ヶ月前。印影も微妙に違う。これは……偽造か?
紙一枚の違和感に気づいたのは
「この紙、うちのコピーじゃないです」とサトウさん。用紙の質感で気づくあたり、さすがである。ちょっと怖い。
裏返すとそこにあった「もう一つの真実」
裏には、別の名前が記されていた。どうやら、この書類を持ち込んだ依頼人は、元の名義人の弟で、勝手に名義変更を企んでいたようだ。
そして独り言のように聞こえたあの言葉
「一人で頑張ってるね」
依頼を突き返すと、彼は目を伏せた。「……兄貴は、死んだあとも、俺のこと見てたのかな」ぽつりとつぶやいた。
誰の声だったのか
風の音か、俺の空耳か。そのとき、どこからか「一人で頑張ってるね」って声が聞こえた気がした。……いや、まさか。
机の下に落ちていた名刺
床に落ちていた名刺には、亡くなった兄の名と、裏にはこう書かれていた。「司法書士シンドウに頼れ。きっと力になってくれる」