依頼者の笑顔が唯一の救いだった日
いつもの朝と違う空気
その日は、やけにサトウさんのタイピング音が静かだった。「おはようございます」と挨拶を交わしたものの、いつもの毒舌がない。まるで『波平がカツオを叱らない朝』みたいに不気味だった。
事務所に届いた一通の手紙
届いていた封筒は古びた便箋に手書きでこうあった。「至急、名義変更をお願いしたい。できれば誰にも知られずに。」差出人は60代の女性、佐原ユキ。相続登記の相談だった。だが、この“誰にも知られずに”という一言が、何より引っかかった。
サトウさんの違和感に気づけなかった
「あの登記簿、気になりません?」サトウさんが不意に声をかけてきた。「名義変更が3回も重なってる。しかも全部、同じ土地。これ、怪盗キッドでももうちょっと手口にバリエーション出しますよ」
書類の端に潜む奇妙な違和感
司法書士を10年以上やってきた勘が告げていた。これはただの相続じゃない。書類の隅、捨印の位置が妙にずれていた。もしかして、印鑑が後から貼られた?
古い登記簿に眠る名前
調べてみると、土地の過去の所有者の中に見覚えのある名前があった。それは10年前、詐欺未遂で捕まった地元の不動産屋だった。サザエさん一家で言えば、裏で波野ノリスケが不動産ブローカーだったような裏切り感だ。
繰り返される登記変更の痕跡
まるで犯人が登記を“着せ替え人形”のように扱っていた。所有権の名義は、短期間で何度も変更され、そのたびに評価額が微妙に上がっていた。土地バブルの匂いがプンプンする。
誰が何を隠そうとしていたのか
依頼者の佐原ユキは、まったく悪びれる様子もなく、ただにこやかに笑っていた。「全部お任せしますね、先生」その笑顔が、なぜか妙に印象に残った。
単なる相続ではなかった
事の核心は、土地そのものよりも、その裏に隠された“登記を使った資産操作”だった。紙の上では完璧な処理。でも現地を見れば、空き家にすらなっていなかった――ただの更地。虚構の上に立つ登記だった。
空き家の名義に潜む策略
真の所有者は、おそらく亡くなったはずの人物のまま。“生きている”ことにされたままの名義は、何者かの都合のいい“抜け道”にされていた。
名義変更の裏で進んでいた計画
それは、資産隠しだった。しかも巧妙に――司法書士でも見逃しそうになるレベルで。「やれやれ、、、この町はまだまだ、僕の知らない顔を持ってるらしい」
同業者を巻き込む影
情報を追ううち、別の司法書士の名前が出てきた。俺と同期だった、今は東京にいる“ハヤミ”。昔から要領のいい奴だったが、まさかこんな形で再会するとは。
疑念の先にあった真実
裏で暗躍していたのは、意外にも佐原ユキの亡き夫の弟。彼が10年前から計画的に土地を渡り歩かせていた。
一枚の証明書がすべてをひっくり返す
土地の評価証明書の偽造、それを見抜いたのはサトウさんだった。「これ、印字のフォントが古いんですよ。“MS明朝”なんて今どき使いませんから」地味な指摘だったが、司法書士にとっては爆弾級の一手だった。
嘘をついていたのは誰か
依頼者の笑顔は、あの裏の黒幕の指示通りの“演技”だった。だけど、彼女は最後の最後に一言、俺にだけ耳打ちした。「先生が味方でよかった。私、こんな嘘つくのもう疲れたんです」
「やれやれ、、、」とため息をついた瞬間
事件は解決した。が、正義かどうかなんて、誰にもわからない。それでも依頼者の最後の“本音の笑顔”が、救いだった。俺は机に肘をつきながら、静かにため息をついた。「やれやれ、、、またひとつ、妙な仕事を片付けたな」
救われていたのは俺の方だった
夕方、サトウさんがコーヒーを差し出してきた。「ちょっとは休んでくださいよ、先生」コーヒーの湯気越しに、笑顔が浮かんだ。誰かの笑顔に救われるなんて、昔の俺なら信じなかった。でも今は、少しだけ――信じてもいい気がする。