依頼人の言葉に潜む影
古びた家系図と奇妙な相続の申し出
昼過ぎ、事務所のドアが重たく開いた。入ってきたのは、よれたスーツに疲れた目の男。年齢は五十を過ぎているように見えたが、話し方にはどこか計算された滑らかさがあった。
「祖父の家を相続したいのですが……家系図もあります」と差し出されたのは、明らかに年代物の和紙に筆文字で書かれた異様な系図だった。
どう見ても役所で出力されたものではない。僕は思わず「えっ」と声を漏らしたが、隣でサトウさんがため息をついていた。
サトウさんの冷静な観察眼が動き出す
彼女はその紙を一瞥しただけで「これ、戸籍じゃありませんよね」と指摘した。
男はごまかすように笑った。「まあ、昔の記録ですので…」と濁すが、サトウさんの目は冷たく光っていた。
その目は、まるで怪盗キッドがダイヤを見つけたときのように、確信に満ちていた。
不自然に抜け落ちた戸籍
消された存在と謎の空白
登記の準備を進める過程で、不自然な空白が浮かび上がってきた。
「昭和48年から50年の間、なぜか誰の動きも記録されていません」とサトウさんが戸籍の写しを指差す。
まるでその2年間だけ、家族全員が一斉に記憶喪失にでもなったかのようだった。
相続人の資格は本物か
「この方、相続人じゃないかもしれません」と彼女が言ったとき、僕はコーヒーを吹き出しそうになった。
相続登記どころか、根本から話が崩れる可能性がある。男が提出してきた家系図には、亡くなったはずの叔父の名が生存者として書かれていた。
「登記を通したら不正確な記録になります」と彼女が淡々と言ったが、心なしか声に怒りがにじんでいた。
閉ざされた屋敷と呪いの言い伝え
昭和の始まりに葬られた真実
屋敷は山のふもとの、ほこりと湿気にまみれた場所にあった。依頼人の説明では「誰も住んでいなかった」らしいが、近所の老人の話では「毎年誰かが消える家」だった。
まるでサザエさんに出てくる波平の実家が、ホラー展開になったような、そんな気味の悪さ。
蔵の奥に保管された書きかけの遺言状を見つけた瞬間、空気が変わった気がした。
登記簿から浮かび上がる不一致
登記簿の内容と戸籍、そして例の家系図——三つの情報が微妙に食い違っている。
「これは、誰かが意図的に情報を操作していますね」とサトウさん。やはり、登記を使って何かをごまかそうとしている。
しかし、それを表沙汰にするには証拠が足りない。僕はファイルを握りしめた。
司法書士シンドウのうっかり調査
気づかぬうちに踏んだ地雷
つい勢いで、町の役場に「◯◯家の過去の登記簿を見せてほしい」と言ってしまった。
役場の職員が黙り込む。数分後、別室に呼ばれ「その家は、触れない方がいい」とまで言われた。
やれやれ、、、またやっちまったかと、天井を仰いだ。
やれやれ、、、で始まる反撃
けれどもその「地雷」が、逆に突破口になった。役場から出る際、古い帳簿を偶然見かけた。そこには、依頼人と名乗った男の父が「養子縁組を拒否された記録」が残っていた。
つまり、相続権は初めからなかったということになる。
サトウさんはにやりと笑った。「やっと一手打てますね」。
サトウさんの推理が切り裂く迷い
系図の罠と名前のトリック
「この“長男”という表記、手書きですよね」とサトウさんが示すとおり、他と筆跡が違っていた。
しかも、名前のふりがなが一部だけカタカナで書かれていた。旧家ではあり得ない記述だ。
つまり、系図自体が近年になって偽造された可能性が高い。
登記申請書に隠された暗号
さらに驚いたのは、提出された登記申請書にあった「添付資料の整理番号」だった。
その番号は、3年前に閉鎖された法務局の帳票パターンと一致していた。つまり、この申請書も古いフォーマットを盗用していたというわけだ。
「オリジナルを知らない人が偽造したってバレバレですね」とサトウさんがあっさり言った。
名義の陰に潜む犯人
犯行動機は恨みか遺産か
結局、男の正体は数十年前にこの家を追い出された養子縁組未遂者の息子だった。
「父の無念を晴らす」と言っていたが、動機の中心は金だった。屋敷の土地の評価額は驚くほど高く、投資家と結託していた形跡もあった。
「復讐と不正は、似て非なるものだ」と思った。
血のつながりより重い過去
相続登記は、法律だけでなく過去そのものを記録する。
血縁や戸籍、登記簿に刻まれた歴史の中に、時として正義が埋もれていることもある。
だが、それを掘り出すのが我々の仕事だ。少なくとも、僕やサトウさんにとっては。
最後の登記と真実の記録
家族とは誰かを問う結末
最終的に、登記申請は却下された。代わりに、亡き家主の遠縁にあたる女性が正当に相続し、屋敷は解体されることとなった。
呪われた家系図も、法務局ではなく、町の郷土資料館に寄贈されることになった。
「家系って、記録じゃなくて意思で繋がってるんですね」と言ったその女性の言葉が印象的だった。
サトウさんの塩対応と一言
「シンドウさん、今度は変な家系図に飛びつかないでくださいね」
「う、うん……気をつけるよ」
「というか、最初から私に見せればよかっただけです」
やれやれ、、、ほんと、僕の役割って何なんだろうな。