登記簿に現れた不可解な記録
月曜の朝、机の上に一通の封書が置かれていた。差出人は地元の登記官。中には、ある土地の相続登記の謄本と、「至急調査願います」とだけ書かれたメモ。ざらついた紙の感触が、ただ事でないことを知らせていた。
登記簿に記された名義人は、20年前に死亡したはずの人物。だが、最近になって別の物件で「本人申請による登記」がなされたという。司法書士として、見過ごせる話ではない。
登記官の戸惑いと依頼の始まり
「どう見ても、これ、同一人物なんです」と登記官は顔をしかめた。「でも、戸籍には死亡の記載がある。ならば、どうやって新たな登記が成立したのか」。 その矛盾が、まるで怪談のようにじわじわと背中を冷やす。 死者の名で申請された登記。それは法の外にいるはずの亡霊の仕業か、はたまた……。
亡霊と噂される旧家の名義人
調べていくうちに、地元の古い家にまつわる話が浮かび上がった。昭和の終わりに火事で焼け落ちたあの旧家に、たまに灯りが点いていたという噂があるのだ。 「土地の名義、まだ変えてないらしいですよ。なんか…あそこ、怖いっすよね」 役所職員の言葉が、どこか怯えていたのが気になった。
登記に残る存在と町に残らぬ人影
登記簿の中で名義人は今も生きている。だが、町の誰もその姿を見たことがない。まるで書類の中にだけ存在する、紙の幽霊のように。
シンドウ事務所に届いた封書
「また朝から面倒な匂いしかしない封筒ですね」 サトウさんは眉一つ動かさずにそう言い放った。封を切ると、中には手書きの登記識別情報通知の写しと、やけに達筆な委任状が。 日付は今年。差出人は、すでに死亡とされているその名義人だった。
サトウさんの冷静な観察と皮肉な一言
「この筆跡、たぶん相当な年配ですね。まさか幽霊が最近ペン習字でも始めたんでしょうか」 さらりと毒を吐く彼女の言葉の裏に、確かな分析力があった。
相続登記の途中で消えた人間
調べていくと、10年前に一度、相続登記が試みられていた痕跡があった。だが、途中で申請は取り下げられている。理由は記録に残されていなかった。 まるで何かが意図的に消されたかのように、肝心の部分だけが曖昧だった。
昭和の名残を引きずる旧土地台帳の罠
現地の台帳には、手書きの補記があった。「本件所有者、昭和六十三年死亡」。しかし、それは非公式の備考欄。真正な戸籍とは紐付いていなかった。 つまり、「死んだ」とされた記録そのものが、法的には存在していなかったのだ。
記録に残る「死亡」の矛盾
市役所の戸籍課に問い合わせた結果、意外な事実が発覚した。死亡届が提出された形跡がなかったのだ。噂や記憶では死んでいるが、戸籍の上では生きている。 登記のロジックでは、「生きている者」の登記は有効となる。
本籍地の戸籍には存在せぬはずの亡霊
役所の若手職員がつぶやいた。「つまりこの人、死んだと思われたまま、行政の目をすり抜けて生きてきたってことですか?」 「生きてるかどうかはともかく、登記上は生存扱いだな」とシンドウは肩をすくめた。
行政の盲点と法の狭間
書類の整合性だけが信じられる世界では、実態よりも記録が優先される。 幽霊のように存在するこの名義人は、法の網の目を縫って、土地を操り続けていたのだ。
サトウさんが指摘した登記の重複可能性
「ここ、見てください。10年前の別件登記にも、同じ判子が使われてます」 彼女の指摘で、複数の土地にまたがって幽霊が現れていたことが分かった。これは偶然ではない。
死者が残した唯一の手がかり
古びた絵葉書が一通、旧家の仏壇の裏から見つかった。そこには「私が生きていると知ったら、あの人たちはまた来る」と書かれていた。 送り主の名前は、あの名義人の兄弟だった人物。失踪扱いのまま、山奥に消えたという噂があった。
絵葉書に記された見慣れぬ判子と地番
地番の末尾だけが異なる複数の土地に共通する筆跡の押印。これは偽名か、あるいは成りすましか。 「やれやれ、、、なんでこういうのばっか俺のところに来るかな」
司法書士が歩く山あいの村
軽トラを借りて山道を走る。着いたのは、過疎地の限界集落。シンドウの元野球部時代の体力が久々に役立った。 廃屋の前に、ほこりをかぶった郵便受け。差出人不明の封筒が、その中にあった。
「やれやれ、、、」とため息をつきながら向かう旧家跡
風が木々を揺らす中、彼はふと口にした。「幽霊でもいい、せめて相談料くらい払ってくれ」
かつての住人が語る真実
「弟が死んだと思ってた。でも、生きてたんだよ。別の名前でな」 集落の老人が語る話は、戦後の混乱期に名前を変えた男の話だった。失踪届も、死亡届も出されないまま、別人として生きていたのだという。
なりすましと偽名相続の闇
土地の登記は、偽名で引き継がれていた。確かに「登記識別情報」も、委任状も、法的には有効だった。しかしそれは、偽られた人格の上に成り立つ虚構だった。
登記簿から名前を消す方法
シンドウは苦い選択を迫られた。 真正な相続人がいないことを確認し、職権による抹消登記を申請するしかない。だが、それは「人を消す」ことと変わらなかった。
シンドウがとった静かなる解決策
彼は法務局に一筆を書いた。「真実は闇に、登記は光に」と。 法に従ったが、どこか虚しさが残る決着だった。
亡霊の正体と帳尻合わせの結末
亡霊は存在しなかった。いたのは、名前を失い、姿を隠して生きていた人間だった。 その名義は法の手で消され、土地は新たな所有者のもとに移された。
法の枠内で収めるための苦い選択
正しさより整合性。そんな仕事にシンドウは疲れを感じていた。「やっぱり野球部のときのほうが、まだシンプルだったな」
サトウさんのひと言と夕暮れの事務所
「霊より面倒なのは、登記簿ですね」 サトウさんが紅茶を飲みながら言った。 シンドウは肩をすくめ、ただ一言、「やれやれ、、、」とつぶやいた。