古びた戸籍謄本と依頼者の涙
突然訪ねてきた依頼人の切実な願い
ある日、昼休みも取れずバタバタしていた事務所に、ひとりの中年男性が現れた。 ネクタイはよれて、目の下にはクマ。手に握りしめていたのは、数年前の戸籍謄本だった。 「お願いです。元恋人のことを調べてほしいんです。彼女の名前が、全然違っていて…」
「彼女が別人になっていたんです」
話を聞けば、かつて交際していた女性と再会する予定で戸籍を調べたところ、 名字は下の名前すら違う人物として記録されていたという。 「まるで、全部作り変えられたみたいで…彼女、偽名だったんでしょうか?」
調査開始と戸籍の謎
婚姻届に記された知らない名前
僕とサトウさんは戸籍の移動と婚姻関係を精査することにした。 そこに記されていたのは、ある年を境に「婚姻」の記載とともに変更された氏名。 戸籍の筆頭者も見知らぬ男で、依頼人は頭を抱えた。
同姓同名の罠か運命の再会か
戸籍に書かれた新しい名前が、またどこかで見たような名前だった。 「これ、たしか以前うちに来た登記の依頼人の配偶者と同じ名前ですね」とサトウさん。 運命のいたずらか、よくある偶然か、記録を掘れば掘るほど泥沼化していく。
サトウさんの冷静な分析
「たぶん戸籍の附票も見たほうがいいですね」
「やっぱり、戸籍の附票を取りましょう」とサトウさんがポツリ。 その表情は、あのサザエさんの波平さんがカツオに説教してるときくらい冷静だった。 「本籍が動いてても、住民登録の移動履歴を見れば、つながるはずです」
住民票コードで追える真実
僕らは住民票コードを使って、連続性のある住所異動履歴を照会した。 そこには、依頼人が知らなかった「もうひとつの人生」が、丁寧に並んでいた。 結婚、離婚、転居。そして、子の出産。
辿り着いた新しい姓の記録
養子縁組なのか結婚なのか
さらに調べると、彼女は一時的に旧姓に戻った時期があった。 その後、今とはまったく関係のない戸籍に養子縁組で入籍していたのだ。 「…名前、変える気だったのかな。全部、過去を消したかったのかもしれない」と依頼人。
二度消された過去の名前
やれやれ、、、まるでルパン三世に正体を隠された銭形警部みたいだ。 どうしても追いつかない。捕まえたと思ったら、名前すら変えて逃げていく。 過去の記録にすら、彼女はきっちり鍵をかけていた。
かつての恋人の本当の人生
そして彼女が守りたかったもの
現在の姓での生活は、静かな住宅街の中で続いていた。 訪ねたわけではない。ただ、住民票の閲覧制限を見た瞬間に、もうこれ以上踏み込んではいけないと悟った。 そこには、「今の人生を守りたい」という強い意思が、紙の上に刻まれていた。
依頼人の選んだ結末
再会の言葉は交わされず
「…会わないことにします」依頼人は、ゆっくりとそう言った。 「会っても、もう彼女じゃない気がするから。それに、きっと向こうもそれを望んでない」 風が一枚の書類をめくり、別の名前がまた顔をのぞかせた。
封筒に入れられた一通の書類
最後に依頼人が残したのは、白い封筒だった。 中には手紙と、もう一通、何かの証明書が入っていた。 それを開くことはなかった。誰かの過去を暴くのではなく、未来を尊重するために。