朝のポストと不在の書類
朝8時。事務所の前を掃除しながら、ポストを開けた。チラシと水道代の請求書しかない。 登記完了証が今日には届くはずだったが、見当たらない。 依頼人は昨日の電話で「明日には来ますよね?」と念を押していた。なんとも嫌な予感がする。
確認済みの発送通知
法務局のシステムでは、確かに昨日の午後に発送済みと表示されていた。 レターパックライト。差出人欄には「〇〇法務局」。宛先は当事務所。誤配の可能性は低い。 しかし、現に届いていない。記録上は動いていても、現物がないのでは意味がない。
見当たらない封筒
郵便受けの周辺を何度も見直すが、それらしい封筒はどこにもない。 隣の整骨院に間違って配達された形跡もない。 うっかりポストに挟まってるとか、サザエさん的なオチならまだ救われるのだが。
依頼人の不安と一通の電話
午前10時、電話が鳴る。案の定、登記完了証の件だった。 「まだ届いてませんって、どういうことですか?」声のトーンは穏やかだが、内心の苛立ちは隠せない。 「すぐに確認します」としか言えず、電話を切った。
届かないことへの疑問
ただの郵便事故か、それとも何かの手違いか。 だが、ここまで徹底して痕跡がないと、単なる不運では済まされない気がしてくる。 記録と現実が食い違っている。こういうときに限ってトラブルは続くのが常だ。
怒りよりも困惑が先に立つ
依頼人も本気で怒っているわけではなさそうだ。 ただ、登記が終わったという「証拠」が届かないことで、心の中の不安が増幅されているのだろう。 こちらとしても、まったく同感だ。
事務所内での調査開始
「サトウさん、ちょっと例のレターパックの番号調べてくれる?」 塩対応の「はい」が返ってくる。手慣れた操作で追跡番号を入力。 すると、驚くべき表示が画面に出た。
サトウさんの静かな推理
「これ、配達完了になってますけど、宛先が変更されてます」 「え、どういうこと?」思わず声が裏返る。 「昨日の夕方、転送手続きがされてます。届け先が違う場所に……」 まさか。これはもう、事件だ。
郵送ルートの矛盾
レターパックは基本、転送不可のはず。なのに住所が変わっている。 つまり、誰かが「正規の手続き」を使って、書類をどこかに導いたということになる。 手口が妙に洗練されている。犯人は登記の仕組みにも詳しい。
登記情報の確認
法務局の担当に電話を入れ、登記情報と発送履歴を再確認する。 「確かに司法書士事務所宛てで発送しております」──形式的な返事。 だが、その「発送後」の履歴には、我々の知らない事実がある。
奇妙な再発行申請の痕跡
さらに驚いたのは、登記完了証の「再発行申請」が提出されていたことだった。 申請者名は、依頼人の兄。依頼人とは疎遠になっていると聞いていた。 再発行の理由は「届いていないから」。まさか、最初から仕組まれていたのか?
見え始めた第三者の影
再発行された書類の送付先は、依頼人の旧住所。 兄は今もそこに住んでいるという。偶然ではないだろう。 やれやれ、、、またややこしい家族事情が絡んでるらしい。
郵便局員の証言
旧住所近くの郵便局を訪ねると、配達担当者がこんなことを言った。 「再発行された分は、確かにその家の方が直接受け取りに来られましたよ」 これで確定だ。盗まれたというより、合法的に持って行かれたのだ。
封筒の行き先は変更されていた
手続き上は合法。だが意図的な操作があったのは明らか。 「登記完了証が届かない」という話は、最初から仕組まれていたトラップだった。 つまり、兄が証明書を使って何かを画策している可能性がある。
やれやれから始まる逆転劇
これはもう司法書士の範疇を超えている。しかし放っておくわけにはいかない。 「サトウさん、依頼人に連絡を。兄と何があったのか聞き出して」 こっちは旧住所の方に内容証明を打つ。登記関係の不正使用は、放置できない。
司法書士の意地と経験
さすがに元野球部、粘り強さだけはある。 郵便局からの証言、法務局の記録、依頼人の説明、すべてを一枚の書面にまとめる。 不正の証明が整った瞬間、ようやく胸のつかえが取れた。
決定的証拠は旧住所の近所
後日、依頼人の旧宅に届けられていた封筒が、未開封のまま発見された。 兄は書類を奪ったものの、活用できなかったらしい。 警察に行くほどではないが、今後の関係は完全に断たれることになったという。
郵便受けの中の封筒
封筒は埃まみれだったが、中の登記完了証は無傷だった。 「これでようやく終わりましたね」と依頼人が笑う。 こっちは疲れきっていた。「ま、こんな日もありますよ」と笑ってみせたが。
再登場する依頼人の兄
後日、兄から「返すつもりだった」という弁解の電話が事務所にかかってきた。 サトウさんは無言で切った。無駄な情は持たないのがこの事務所のルールだ。 人間関係のこじれは、登記よりもはるかにややこしい。
意外な動機と古い確執
どうやら兄は、亡き父の土地に未練があったらしい。 その所有者が弟になったことで、手元の「証明書」が欲しかったのだろう。 ただ、方法があまりにも姑息だった。
静かなる幕引き
事件は静かに終わった。完了証は依頼人の手元にある。 しかし僕の心には、妙な疲労感だけが残った。 「やれやれ、、、また一つ、無駄な勉強をしてしまったな」