線がつなぐのは誰の罪

線がつなぐのは誰の罪

序章 午後の来訪者

閉ざされた事務所の扉が開くとき

季節はまだ夏の終わりにもかかわらず、僕の事務所には秋風のような空気が漂っていた。ドアが軋んで開く音とともに、見知らぬ男が静かに入ってきた。 「兄が亡くなりまして。遺言の件で、ご相談したいことがあるんです」 彼は名をコウジと名乗った。黒いシャツに真面目な眼差し。兄とは折り合いが悪かったらしい。

奇妙な一筆書き

遺言書の余白に描かれた謎の線

手渡された遺言書は、公正証書ではなく自筆証書。しかも不思議なことに、文末の余白にぐるぐると螺旋状のような線が描かれていた。 その線は切れ目なく、まさに一筆書き。迷路のようでもあり、絵のようでもあったが、何を意味しているのかは皆目見当もつかなかった。 「これ、何かの印なんですかね?」コウジの問いに、僕は苦笑して首をかしげた。

調査開始 登記簿の違和感

住所履歴と所有権移転のズレ

遺言書には実家の土地の相続先として弟であるコウジの名が書かれていた。しかし、登記簿を見るとすでに数年前に所有権が兄から第三者へ移っていた。 奇妙なのはその移転登記の日付。亡くなる半年前であり、しかも住民票上では兄はまだその住所に住んでいたはずだった。 「登記と現実が食い違っているんです」サトウさんが淡々と資料を並べた。

法務局と謎のメモ

登記簿副本に書き残された記号

法務局で古い副本を取り寄せてみると、登録免許税の欄の下に、鉛筆書きで奇妙な文字列が記されていた。 「F2 R1 2L3 S3」と読めるそれは、どうやら何かの操作手順のようでもあった。まるでファミコンの裏技コードみたいだ、と僕は呟いた。 サトウさんは小さく笑って「それ、たぶん図形の指示ですね。順番に進む方向を示してる」と指摘した。

兄と弟の不協和音

過去の相続放棄と不動産の影

さらに調べを進めると、弟のコウジはかつて別の親族の相続で財産放棄をしていたことが判明。 その時に問題となったのも不動産だった。どうやら兄はそのことを根に持っていたらしく、遺言にもどこか冷淡な表現が滲んでいた。 「それでも、最後に譲ろうとしたのは本心かもしれません」僕は一筆書きの線を見つめながらそう呟いた。

一筆書きの意味を解く

司法書士試験の過去問がヒント?

「一筆書き、つまりオイラー路に関係があるとすれば、奇数の接点は始点と終点しかない」 司法書士試験で見た図形問題を思い出しながら、僕は線をコピー用紙に書き写した。接点の数、分岐の回数、折り返しの場所…。 それらはまるで不動産の共有登記の複雑さを模しているようだった。

真犯人は誰か

消えた公正証書の謎

実は兄は、一度公正証書遺言を作っていた形跡があった。しかし、それは見つからず、自筆のものだけが残された。 なぜ自筆に差し替えられたのか。それは、一筆書きに答えがあった。線の始点は兄の名前、終点は弟ではなかった。 図形の最後の折り返しで、線は第三者のイニシャル「T」に一致していた。売却先の人物だった。

決着 最後の登記

司法書士としての矜持

兄は全てを託す気持ちで、最後の線を引いたのだろう。彼にとって「線」が意思だった。 僕はそれを証明する形で、登記の是正手続きを進める。やれやれ、、、また妙な事件に巻き込まれたものだ。 でもまあ、司法書士ってのは、書かれたものの裏を読む職業だから仕方がない。

終章 線の向こうに見えたもの

遺された者たちの選択

コウジは複雑な表情で線のコピーを見ていた。「兄なりに、精一杯だったのかもしれません」 彼の声は震えていたが、どこかで納得しているようでもあった。人の心は、紙の上だけでは測れない。 サトウさんはコーヒーを淹れながら「結局、兄弟ってのは運命共同体ですから」とぼそっと呟いた。

帰り道に思うこと

夕暮れの事務所を出ると、蝉の声がかすかに残っていた。 今日もまた一件、謎を解き終えた。線の向こうに見えたのは、人の業と、愛と、そして罪だったのかもしれない。 帰り道、サザエさんのエンディング曲がふと頭に流れて、僕は少しだけ笑った。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓