朝一番の依頼人
地方の朝は静かだ。蝉の鳴き声だけが耳にうるさく響く中、ドアが小さく軋んだ。入ってきたのは、やけに厚みのある封筒を持った初老の女性だった。封筒の表には震える手で書かれた「閉鎖登記簿」との文字。
「息子の家の登記が、おかしい気がして…」
その言葉と一緒に、彼女の目は何かを訴えていた。けれど、まだこのときは、それが夜へと続く事件の入り口だとは思っていなかった。
閉鎖登記簿と書かれた謎の封筒
封筒の中には、古びた登記事項証明書の写しと一通の手紙があった。差出人は「カトウヒサシ」と記されている。どこかで聞いたことのある名だと考えているうちに、サトウさんが低い声で言った。
「法務局の登記簿管理担当、先週から音信不通なんですよ」
やれやれ、、、今日もただの登記相談じゃ終わらなそうだ。
サトウさんの冷たい一言が突き刺さる
「まあ、シンドウさんの推理力でなんとかしてください」
それだけ言って、サトウさんはカタカタとキーボードを叩き始めた。完全に丸投げである。まるでサザエさんのマスオさんがカツオの不始末を押しつけられるような構図だ。
僕は内心舌打ちしつつ、登記簿の写しに目を落とした。そこには通常ではありえない、登記原因欄の空白があった。
消えた登記簿の番人
法務局に連絡してみると、やはりカトウという職員が行方不明だという。先週金曜、職場を出たまま戻ってきていないらしい。彼は閉鎖登記簿の取り扱いについて、厳格な姿勢で知られていた。
そんな人間が、突然失踪?
違和感を覚えた僕は、彼の残した引継簿を閲覧する許可を得た。
引継簿に残された不自然な空欄
そこには一見何の変哲もない手書きの記録が並んでいた。しかし、ある日だけぽっかりと空白になっていた。7月25日、件の閉鎖登記簿が閲覧された日だ。
誰が? その名前が、なぜか消されていた。まるでキャッツアイに奪われた名画のように。
旧家の争い
封筒を持ってきた女性に話を聞くと、彼女の息子は数年前に他界しており、その家の所有権を巡って親族間で揉めているらしい。しかもその家には金庫があり、誰も開け方を知らないという。
古びた家、閉鎖された登記簿、開かない金庫。
どれも探偵漫画なら一つの話になりそうな素材ばかりだ。
昔からこの家はワケがあると語る老婆
彼女は少し口ごもりながら言った。
「うちの家系には昔、登記に強い誰かがついていてね。その人が記録を…その…特別に残してくれてたのよ」
まさか、非公式な登記簿の複製か?
サトウさんの鋭すぎる推理
「あった。最近発行された印鑑証明の履歴、カトウさんの印影と違うわ」
画面を見ながらサトウさんが呟く。すごい。冷たいけど仕事は神業だ。どうやら誰かがカトウになりすまして、登記情報を改ざんしたらしい。
電子証明書のログも不正使用の兆候が見つかった。犯人は内部の人間だ。
消された委任状と電子証明の謎
原本保存義務があるはずの委任状が消えている。おそらく誰かが意図的に裁断したのだ。しかもその日の廃棄ログには「機密文書」とだけ記されていた。
これは偽装登記の臭いがする。権利を奪うため、登記簿が使われた。
やれやれ、、、この仕事も命がけだ
夜、僕はサトウさんと一緒に旧家に忍び込むことになった。いや、正確には「法的な検分」として立ち会っただけだが、どう見てもコナンの探偵ごっこだ。
「もう野球部時代の肩は使いませんよね?」とサトウさん。使う羽目になった。錆びた窓を破って中に入り、書類保管箱を探す羽目になったのだ。
真夜中の法務局侵入計画
翌朝、僕は事前に根回ししていた法務局職員の協力で、過去にカトウが管理していた閉鎖登記簿を確認することができた。そこには、本物の所有権移転登記が記されていた。
つまり、改ざんされた登記簿の内容は偽造だ。旧家の相続人は本来この女性一人であり、他の親族の請求は無効とわかった。
権利書が語る真実
最終的に金庫からは、父親名義で書かれた正式な遺言書と、原本の登記原因証明情報が出てきた。すべての点と点が線で結ばれた瞬間だった。
「サトウさん、これで間違いないですね」
「ええ。あなたの珍しく的確な推理で助かりました」
しれっと辛辣なのが、彼女らしい。
本物の登記簿ロワイヤルは誰の手に
「登記簿ロワイヤル」というのは、カトウが裏でそう呼んでいたという記録が残っていた。改ざんを避け、事実を守るための彼なりの使命感だったのだろう。
彼は無事に見つかり、今は療養中だという。残された登記簿は、もう争いの種にはならない。
最終局面
こうして事件は解決を迎えた。あの家も、登記も、法的に正しい持ち主のもとへ戻ったのだ。
それでも僕は思う。登記簿は人間の欲望を静かに記録していく、紙の迷宮だと。
「シンドウさん、次の相談者、10時です」
サトウさんの声に、僕は肩をすくめた。やれやれ、、、今日もまた、何かが起きそうな気がする。