備考欄の余白に眠る嘘

備考欄の余白に眠る嘘

朝の電話と謎の依頼

「先生、法務局からお電話です」
朝の8時45分。まだインスタントコーヒーが湯気を立てているタイミングで、サトウさんが受話器を差し出してきた。相変わらず目覚めにキツい対応である。

電話口の声は、少し緊張していた。「ちょっと妙な登記簿が見つかりまして……」という言葉の後、相手は小声で言った。「備考欄を見てください。登記官のメモが残されています」。私はまだ一口も飲んでいないコーヒーをそっと置いた。

サトウさんの塩対応とコーヒーの温度

「朝から事件ですか。ご愁傷様です」
塩対応とは、こういう時のためにある言葉なのだろう。そう思いながら、私はコーヒーを口に運ぶ。ぬるい。これもまた、日常だ。

「出ますか? 出ませんか?」とサトウさんが畳みかけるように聞いてくる。
「行くけど……なんか不吉な予感がするんだよなぁ」
「占いですか?」
会話のキャッチボールがカーブしか投げられていない気がするのは、気のせいか。

法務局からの奇妙な伝言

到着すると、法務局の職員が私を見てすぐに封筒を渡してきた。
中には一枚の登記簿謄本と、付箋のついたメモ。
「このメモ、前任の登記官が残していたものなんです」と彼は小声で言った。

そのメモには「備考欄の数字、見直せ」とだけ記されていた。
パッと見ただけでは何が問題なのかわからない。だが、その“違和感”が、次第にじわじわと迫ってくるのだった。

登記簿謄本に残された違和感

対象の登記簿を眺めていると、ある地番における所有権の移転登記に、他とは違う手書きの線が入っていた。まるで、誰かが修正を試みた跡のように見える。

「この記載、通常の書式と違いますね」と私がつぶやくと、サトウさんが頷いた。「令和2年の法改正後はこんな書き方しません」。誰かが、時代遅れの記載を最近書き加えた可能性があるのだ。

備考欄の文字が語るもの

謄本の備考欄には、旧所有者の「債務弁済済み」という手書きメモがあった。しかしそれは正式な登記ではなく、事実上の“注釈”にすぎない。登記官がこんなメモを残すのは異例中の異例。

この記載が正しいのであれば、現所有者の権利は無効になりかねない。これはただの登記ミスではない——権利関係を覆しかねない爆弾である。

数字のズレに気づいたサトウさん

「先生、ここ。前の登記とこの備考欄、年月日の数字が1年ずれてます」
サトウさんが指さしたその欄には、確かに違う日付が記されていた。しかも、それは本来あり得ない日付——令和元年2月30日。

……存在しない日付だ。
誰かが何かを隠すために、架空の登記情報を差し込んだのか?
やれやれ、、、今日も一筋縄ではいかない。

登記官が遺したメモの正体

元登記官はすでに退官していた。調べると、その人物は退職直前に「不自然な処理を上から求められた」と同僚に漏らしていたという噂が出てきた。

だが、公式には一切記録に残っていない。
サザエさんで言うなら、波平が突然ヒゲを剃って若返ったくらいに違和感がある話だ。

コピーの裏に浮かぶ筆跡

メモを裏返して光に透かすと、うっすらと他の筆跡が浮かび上がった。
「こっちは…地番のメモ?」
どうやら、最初に書かれた内容を消して、その上から上書きされたようだった。

まるで怪盗キッドのトリックノートみたいだな、と内心思いながら、私は筆跡の内容をメモに写す。そこには「公図と現地不一致」とだけ書かれていた。

メモに記された謎の地番

その地番は、実際の謄本には登場していなかった。
だが公図を精査すると、隣接地の一部に相当することが判明。そこは現在空き家で、長らく所有者不明とされていた場所だった。

もしかすると、所有権を“こっそり”隠すために、誰かが架空の登記を作り上げたのかもしれない。そう考えると、すべての辻褄が合う。

現地調査と風に舞う古紙

現地を訪れると、確かに古い空き家があった。
郵便受けには山のようなチラシ、錆びた南京錠。だがポストの底に、一枚の紙が落ちていた。

それは10年前の売買契約書の控えだった。しかも、名義は今回の登記簿に載っていない人物のものだった。
「やっぱり出てきましたね、裏の登場人物が」とサトウさんがつぶやく。

使われていないはずの家屋

近隣住民によると、その家屋には一度だけスーツ姿の男が出入りしていたという。
「まるで不動産業者のようでしたよ」と語る声には、確信があった。

調べると、近くの不動産会社にその男の名前があった。
しかも——彼は今回の登記に関わった司法書士事務所の元職員だったのだ。

隣地の所有者が語った過去

「昔は一枚の土地だったんですよ、あそこ」
隣地の所有者は語る。
「でも、10年前に急に分筆されたって聞いてね。それも、妙な形で」

この証言で、パズルのピースが一気に揃った。
誰かが、空き家を“存在しないように”細工し、登記をすり替えた。備考欄のメモは、その不正を暴こうとした登記官の遺言だったのだ。

真犯人と隠された動機

今回の不正は、実は売却益を水増しするためのトリックだった。
空き家の土地を隣地に組み込むことで、面積を増やし、不正な利益を得ようとしたのだ。

裏で糸を引いていたのは元職員。
だが、その不正に気づいた登記官が、退官直前にささやかなメッセージを残した——それが備考欄の余白だった。

二重登記の裏にあった思惑

彼は「二重に登記すれば、どちらか片方が忘れ去られる」と思っていた。
だが、ほんの小さなメモが、その目論見を打ち砕いた。
事務所でその報告書を書きながら、私はため息をついた。

「やれやれ、、、俺も少しは名探偵気取りでいいのかね」
「気取りじゃなくて、やってましたよ」とサトウさんが呟いた。

消えた登記官の告白

数日後、退官した登記官から封書が届いた。
そこには「正義は面倒だけど、捨てるのも惜しい」とだけ記されていた。
私はそっと封を閉じ、机の引き出しにしまった。

やれやれと書類の山

事件が終わっても、机の上の書類の山は減らない。
コーヒーはぬるく、サトウさんは冷たく、そして一件落着。
今日もまた、地味に誰かの権利が守られている。

解決と同時にまた別の依頼

「先生、また法務局からのFAXです」
「ああ……もう少し、何も起こらない日が欲しいなあ」
「じゃあ、司法書士やめます?」とサトウさん。

それもまた、ありえない日付のような話だなと思いながら、私は新しい謄本をめくった。

サトウさんの冷たい一言と温かい紅茶

「今度からは、最初から紅茶にします?」
「いや、コーヒーでいい……ぬるくても」
なんとなく、それがちょうど良い温度のような気がしていた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓