仮登記に隠された動機

仮登記に隠された動機

登記簿の違和感

午前九時の来訪者

朝一番、まだコーヒーも口にしていないタイミングで、事務所のドアが少し乱暴に開けられた。
「すみません、急ぎの相談がありまして」と、やけに焦った様子の男が入ってきた。
スーツは着ていたが、ネクタイが緩んでおり、何より目が泳いでいるのが気になった。

住所は合っているはずなのに

男はある土地の所有権移転登記を依頼してきた。資料は揃っていたが、どうにも腑に落ちない。
「この住所、実際に現地確認されました?」と僕が聞くと、男は「ええ、間違いないです」と言い張った。
しかし、登記簿上の地番と実際の住宅の位置に、どうもズレがあるように思えた。

依頼人の言えない事情

名義変更の裏に見え隠れする何か

サトウさんが資料に目を通すと、すぐに眉をひそめた。
「これ、仮登記されたままになってますよ。どうして本登記してなかったんですか?」
男はしばらく沈黙した後、小さく「事情がありまして……」と呟いた。

「言えないことがあるんです」と依頼人は言った

その言葉に僕はため息をつく。
言えない事情なんて、だいたい碌でもない。サザエさんの波平なら「ばっかもーん!」と怒鳴っていただろうが、僕にそんな元気はない。
せいぜい、「やれやれ、、、またか」と心の中で呟くのが精一杯だった。

登記簿の空白が語るもの

土地の履歴に不自然な空白期間

仮登記がされたのは三年前。その後、本登記に移る動きはなかった。
その期間中、所有者は何度か転居しており、所在がはっきりしない。
まるで意図的に履歴をぼかそうとしているようだった。

仮登記から本登記に至らなかった理由

登記原因証明情報を見ると、贈与とされていた。だが、贈与者が失踪している。
これは偶然なのか、それとも計画的なものか。
僕はサトウさんに目配せした。彼女はすでに次の一手を考えている様子だった。

サトウさんの冷静な視点

「これは単なる手続きミスじゃありませんね」

彼女は、仮登記の直後に受贈者が不審な保険契約をしていたことを突き止めた。
「この保険、契約者と受取人が同一人物ですよ」
うっかり者の僕でも、それが異常だとわかるくらいには常識はある。

彼女の指摘が事件の扉を開いた

「失踪じゃなくて、事件かもしれません」
サトウさんは静かに言った。僕の背筋に冷たいものが走る。
仮登記のままだった理由、それは登記を確定させる前に、贈与者が消された可能性があるということだ。

過去の名義人の突然死

やれやれ、、、また妙な案件に巻き込まれた

かつての所有者、贈与者とされる女性は、近隣の住民によれば「急にいなくなった」そうだ。
「娘さんと揉めてたのよ」と年配の女性が言った。
その“娘”が、今まさに登記を依頼してきた依頼人の妻だった。

公図と実地のズレ

実地調査を進めるうちに、公図の内容と実際の住宅の構造が食い違っていることに気づいた。
増築された部分に、古い収納スペースがあった。
そこで、警察が遺体の一部を発見したのは、その週の金曜日だった。

所有権と嫉妬と保険金

法的手続きに潜む感情の火種

動機は単純だった。母親から家を譲り受ける予定だったが、それを遅らされたことに苛立った妻。
保険をかけたうえで、失踪を装って母親を葬った。
夫はすべてを知らず、ただ言われたままに登記手続きを進めていたに過ぎなかった。

本気の殺意は書類の隙間から漏れていた

紙の上では“仮”でも、そこに宿っていた感情は本気だった。
僕たち司法書士は、証明書類を扱うだけでなく、ときに人間の黒い部分にも触れてしまう。
そして今回も、やっぱりそうだった。

登記原因証明情報のトリック

まるでシャーロックホームズのような理詰め

サトウさんの推理は見事だった。仮登記の日付、保険契約、増築申請書の時期がすべて繋がった。
「名義変更は母親の失踪を前提に仕組まれていた」と、彼女は警察にも説明した。
やっぱり彼女は僕なんかよりよっぽど名探偵に向いている。

所有権移転の真の「動機」

動機は“家が欲しい”ではなく、“家に縛られたくなかった”だったのかもしれない。
母という存在を消すことで、自分の家族としてのストレスから解放されたかった。
だが、それは法も心も超えてはいけない一線だった。

サトウさんの鮮やかな一言

「つまり、これは計画的な名義潰しです」

「名義を殺すことで、人も消せるとでも思ったんでしょうね」
サトウさんの口調は冷静だったが、僕の胸にはチクリと刺さるものがあった。
やれやれ、、、司法書士の仕事って、どこまでも深いなあ。

僕はただ頷くしかなかった

「今回は助かりました」と警察の刑事に言われたが、僕はただ頷いた。
真相を明かしたのは、僕ではなくサトウさんだったからだ。
帰り道、缶コーヒーを片手に、空を見上げた。雲の流れがやけに早かった。

結末と、次の依頼

本登記をしたのは誰か

結局、本登記の手続きはなされないまま、所有権は仮登記のまま凍結された。
依頼人の妻は逮捕され、夫は戸惑いと後悔の表情を浮かべていた。
それでも、登記簿にはすべての痕跡が残されている。

そして、殺意は登記簿を越えていった

紙の上に記された名義は、人の記憶とは違って消えない。
次にサトウさんが手にした依頼書にも、また奇妙な地番が記されていた。
僕たちの“事件簿”は、まだしばらく終わりそうにない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓