開始のベルは不在届
書類の山に紛れた一通の封筒
司法書士事務所に届いた一通の封筒は、他の郵便物にまぎれていた。表書きには「至急確認願います」とだけ記されており、差出人の名前がなかった。中には遺産分割協議書のコピーと、数枚の委任状の写し。宛名は、確かにうちの事務所だった。
サトウさんの冷たい指摘
「これ、前にも届いてた書類と内容が違います」 サトウさんが無表情で言いながら、書類を並べた。並べて見ると、確かに署名が微妙に異なっている。まるでルパン三世が変装の精度を試しているかのようだ。これは、、、一体何者の仕業だ?
代理人の名前が二つある
遺産分割協議書の違和感
見慣れた書式の協議書には、相続人たちの署名が並んでいた。しかし、ある法定代理人の名前が、前回の登記時と異なっている。それも、書式や筆跡はまったく同じ。なのに名前だけが違う。不気味な一致だった。
委任状に記された偽名
サトウさんが委任状を拡大コピーして一言。「この字、どう見ても“吉田”じゃなくて“岸田”って読めますよ」 やれやれ、、、また面倒なことが始まったようだ。
名義変更を急ぐ依頼人
なぜそんなに急ぐのか
登記名義変更を依頼してきた男は、妙に急いでいた。「明日中に完了してほしい」と繰り返す。理由を聞くと、「父の四十九日で親戚が集まる前に終わらせたい」と言う。だが、そこには妙な焦りと、視線の泳ぎが見て取れた。
説明を避ける不自然な態度
不動産の詳細を尋ねても、彼は「全部書類に書いてあるはずですから」としか答えない。まるで、何かを隠しているようだった。こちらが少しでも質問を重ねると、逆ギレ気味に話を打ち切る。これは、サザエさんの波平がカツオを叱るときの挙動にそっくりだ。
旧友からの忠告
「そいつはやめとけ」
夕方、元同僚の司法書士から電話があった。「お前のところに“佐藤賢一”って男、来なかったか?」 聞いた名前にハッとした。まさに今、登記依頼をしてきている人物の名だった。
一通のメールがもたらす疑念
メールに添付されたPDFには、過去に別の司法書士が彼の依頼で登記した記録があった。そこでも、別人の名義が使われていた。「これは同一人物が、他人の名義で登記を繰り返している」としか思えない。
地元新聞の片隅の記事
数年前の交通事故の記録
図書館のアーカイブで見つけた小さな新聞記事。数年前、相続予定の人物が交通事故で死亡していた。つまり、本来の法定代理人はすでにこの世にいない。それなのに名前は、書類上でまだ生きていた。
名前の一致が示す過去
死亡記事に記載された住所と、今手元にある委任状の住所が一致している。つまり、何者かがその人物の名を騙り、代理人を装っているのだ。
登記情報に残る違和感
閉鎖登記簿に残るもう一人の影
過去の登記記録を洗うと、今回と似た構図の登記が過去にも二度あった。どれもが同じ名前、同じ筆跡、そして異なる物件で行われていた。完全な“影武者”だった。
やれやれ、、、ここからか
事務所の窓を開けて深呼吸する。こうなると、単なる登記の仕事じゃない。警察沙汰になるかもしれない。元野球部の勘が、今こそ役に立つときだ。
法定代理人のなりすまし
相続人の一人は既に死亡
調査を進めるうちに、相続人とされた人物も他界していたことが判明する。つまり、この登記自体が根本から崩れていた。なりすましの舞台は、死人の名を使うことから始まっていた。
影武者が仕組んだ登記操作
名義変更の理由も、遺産の分配も、全て作られた虚構だった。影武者は遺言書まで偽造していた。ここまでやるとは、、、ルパン三世でもここまではやらん。
登録免許税に潜む罠
わざと過少申告していた?
税額計算に意図的なズレが見つかった。固定資産評価証明書の記載内容が、実際の評価より明らかに低く記されていた。税務署へ問い合わせると、「その証明書、正式なものではない可能性があります」との回答。
国税局との不自然なやりとり
国税局職員から連絡が入り、「以前も同様のケースで問題になった人物がいます」と告げられる。やはり、これは一人の仕業ではなく、組織的な何かが背後にある可能性が出てきた。
遺言書の筆跡と真実
第三者による偽造の可能性
筆跡鑑定を依頼した結果、「遺言書と協議書の署名は同一人物によるものではない」との結論が出た。つまり、誰かが複数の人物を演じていた。
鑑定結果が示す衝撃
決定的だったのは、依頼人とされる人物の筆跡と、死亡した人物のものが一致していた点だ。この“影武者”は、死人の人生を演じていたのだ。
サトウさんの決定打
USBメモリに残された記録
「机の下に落ちてたんですが」とサトウさんが無造作に出したUSBには、複数の偽造された登記関係書類の元データが残っていた。タイムスタンプは、数ヶ月前から準備していたことを示していた。
法務局提出前の最終確認
危うく偽造書類が法務局に提出されるところだった。ギリギリで阻止できたのは、サトウさんの執念と観察力のおかげだった。
シンドウの決断
自ら警察へ通報する依頼人
追い詰められた影武者は、最後には自ら警察に出頭した。「もう限界でした」と漏らしたその顔は、どこか憔悴しきっていた。
最後に残った一つの質問
彼が誰に指示されていたのかは、最後まで語らなかった。ただ、「あの人を守りたかっただけです」と呟いた一言が、何かを物語っていた。
書類に宿る人間の闇
代理権とは信用そのもの
法定代理という制度の裏にあるのは、法と人との信頼関係だ。それを逆手に取る人間の狡猾さに、背筋が冷えた。
名前を借りて得たものの重さ
登記は終わり、書類は閉じられたが、記された名前たちにはそれぞれの思いと影があった。それを感じるたび、書類に宿る人の気配を無視できない。
解決後の夕暮れ
サトウさんのコーヒーは冷たいまま
事件後もサトウさんの態度は変わらない。机の上のコーヒーは、もう冷たくなっていた。「次からはもっと早く気づいてください」との一言が、耳に残った。
それでもいつもと変わらぬ日常
事務所にはまた、新しい依頼の電話が鳴っていた。窓の外では蝉が鳴いていた。日常は、いつも通り、ただし少しだけ重くなっていた。
そして次の依頼が来る
新たな登記相談の電話音
電話を取りながら、今日もまた事件の匂いがする気がした。「はい、シンドウ司法書士事務所です」 やれやれ、、、また書類地獄の始まりか。