遺産分割協議書の提出依頼
姉妹が持ち込んだ協議書
その日、午後三時過ぎ。僕の事務所にやってきたのは、少し年配の女性二人組だった。声をそろえて「遺産分割協議書を作成してほしい」と言う。口調は丁寧で、身なりも悪くない。
第一印象の違和感
ただ、その様子は妙にぎこちなかった。目を合わせない姉、やたら喋る妹。協議が円満に済んだとは到底思えない雰囲気だった。
故人の相続関係に潜む謎
戸籍の調査開始
依頼を受けてから、戸籍を辿る作業に入った。故人は三人きょうだいだったようで、今回訪れたのは長女と次女。そして問題は、長年音信不通の弟の存在だった。
弟の行方
住民票上の住所に問い合わせると、すでに別人が住んでいるとのこと。「あれ、これは妙ですね…」サトウさんが資料を見ながら眉をひそめた。
急ぎで署名された協議書の違和感
筆跡の違和感
提出された協議書には、きっちり三人分の署名と印鑑が押されていた。だが、第三者の目にもわかるほど、弟の署名だけ筆跡が他と微妙に違っていた。
サトウさんの冷静な分析
「筆跡だけじゃありません、押印の角度も変です。机の上じゃなく、何か別の場所で書いたような」――彼女は書類を指差して、ぴたりと違和感を突いた。
行方不明の相続人の消息
孤独死の記録
市役所に確認をとった結果、弟は三年前に孤独死していたことが分かった。誰にも看取られず、生活保護の記録にも名前が残っていた。
死亡届と除籍謄本
除籍謄本を取り寄せて照合すると、協議書が作られた時点で彼はすでにこの世にいなかったことが明白になった。
書類偽造の裏にある思惑
姉妹の罪と動機
すべてを問い詰めると、長女は観念して涙を流した。「だって…私たちだけが最後まで面倒を見たんです。弟はもう、ずっと前に他人でした」――金よりも感情のこじれが、偽造へと彼女たちを駆り立てたのだった。
警察への引き渡し
偽造はれっきとした犯罪だ。僕は事情を説明し、警察に連絡した。サトウさんは「よくあることです」と無感情に言ったが、その目は冷たく光っていた。
やれやれで済まされない後味
法と感情の狭間で
僕は机に戻って、冷めたコーヒーを啜った。「やれやれ、、、」心の底から出た溜息だった。人間の感情と法は、やっぱり交わらないこともあるのだ。
遺産を巡る人の心の脆さ
サザエさんならどうしただろう
波平さんなら、「こらあ!協議書は誠実さで書くもんじゃろうが!」と一喝して終わっていただろう。現実はそう簡単にはいかない。
シンドウ事務所に戻る日常
次の依頼人が待っている
その日の夕方。机の上には、また新しい登記関係の資料が積まれていた。「電話鳴ってますよ」とサトウさんに言われ、あわてて受話器を取る。「はい、司法書士のシンドウです…」