登記簿が語る未明の真相

登記簿が語る未明の真相

登記簿の違和感に気づいた日

依頼人の曖昧な説明

「この物件の名義を変えたいんですけど」と依頼人の男は言った。年齢は四十代後半、どこか視線が泳いでいる。サトウさんが小さくため息をついたのが聞こえた。
「相続ですか?売買ですか?」と訊いても、男は「まあ、その、昔の話で」と言葉を濁す。こういう時は大抵、何か隠している。
書類を受け取る手が少し震えていたのを、私は見逃さなかった。

旧所有者の不在と謎の筆跡

登記簿を確認してみると、名義人の変更は確かになされていたが、どこかおかしい。委任状の筆跡と、過去の申請書の筆跡が一致していなかったのだ。
「この委任状、筆跡が別人ですね」とサトウさん。私はうなずきつつも、「あー、またか」と心の中で呟いた。
こういう場合、名義人本人の存在を確認するところから始めなければならない。面倒だが、仕事だ。

調査を始めた私とサトウさん

固定資産税通知書の矛盾

市役所で取得した固定資産税の納税通知書の宛先は、すでに亡くなっていると噂される旧所有者名義のままだった。
通知書が何年も同じ住所に届いているというのに、その家には誰も住んでいないという近隣の話もある。
「幽霊屋敷ってやつですね」とサトウさんが言ったが、その顔には笑いの気配はない。こういう時、私は黙ってうなずくしかない。

役所の記録と古地図の照合

登記所で閲覧した過去の記録と、昭和時代の古地図を照らし合わせてみると、かつてこの土地には小さな工場があったようだ。
火災によって焼失したという記録があり、その後土地だけが残された。再建はされなかったらしい。
「サザエさんの家みたいに、平和な日常の裏には、いろんなドラマがあるもんですね」と言うと、サトウさんは「そういう比較、好きですね」と返してきた。

名義人の過去を辿る

地元新聞の小さな記事

地元図書館の縮刷版で火災当時の新聞を調べると、確かに工場火災の記事が載っていた。死者は一人、不明者がもう一人。
その不明者の名前が、今回の登記に関係する人物の兄だったということが判明する。
「失踪宣告がされていれば、もっと登記が整理されていたはずですが」と、サトウさんの言葉は冷静だった。

名字が違う兄弟の存在

さらに調べると、兄弟はそれぞれ母方と父方の名字を名乗っていたことがわかった。事情があって別々に育ったらしい。
「これ、まるでサスペンス漫画の設定みたいですね」と私がつぶやくと、「でも現実の方がずっとドロドロしてますよ」とサトウさん。
兄が失踪し、弟が何らかの方法で名義を操作しようとした――そんな筋書きが浮かび上がってきた。

登記簿の中の空白

抹消された登記の理由

登記簿を見ると、ある年に抵当権が一度設定されていたが、数ヶ月後には抹消されていた。不自然に早すぎる処理だった。
抹消証書の筆跡を確認すると、やはり今回の委任状と同一人物のもので、旧所有者本人のものではなかった。
「これは、司法書士泣かせのケースですね」と自嘲気味に言うと、「泣いてもいいですよ」と塩対応が返ってきた。

失踪者の行方と再登場

その後、調査を依頼していた探偵事務所から連絡が入った。「失踪した兄が最近、別名で福岡に住んでいる可能性があります」
そこから先は早かった。兄を見つけ出し、本人確認を経て、法務局に申述書を提出する流れが整った。
「やれやれ、、、こんな展開、昔の金田一少年ばりだな」と私は机に突っ伏した。

サトウさんの推理が冴えた瞬間

手続き日と火災発生日の一致

火災が起きた日付と、抵当権設定日が同じであることに気づいたのはサトウさんだった。
「偶然にしては、タイミングが良すぎます。もしかして火災を見越しての処分だったのでは?」
火災による証拠隠滅と、保険金詐欺の可能性まで見えてきた。ここにきて一気に事件性が増してきた。

隠された委任状の謎

自宅の物置から見つかった古い封筒の中に、未提出の委任状が残されていた。それには失踪した兄の本当の署名があった。
「偽造じゃなくて、途中で揉めたんでしょうね」とサトウさんが言う。兄は、最後の最後で書類を出さなかった。
この発見によって、弟の行為は未遂に終わっていたと証明できた。

真相にたどりついた夜

鍵を握るのは一通の遺言書

そして決定打となったのは、兄が実家に隠していた自筆証書遺言だった。公正証書にはしていなかったが、形式は整っていた。
その中には、弟には一切の財産を譲らないという強い意思が綴られていた。
「兄さん、やっぱり正直者だったんですね」と誰に言うでもなく私は呟いた。

なりすまし登記の全貌

結局、弟は兄の失踪を利用し、不正に名義を変えようとしていた。だが、完全な登記はされておらず未遂で終わっていた。
依頼人はその弟だった。最終的に、虚偽の申請が疑われ、調査対象となったことで申請は却下されることになった。
「正義って、地味ですよね」と言うと、サトウさんは「でも確実に効いてきます」と小さく微笑んだ。

私の役目と結末の処理

被害者と加害者の線引き

私は、依頼人に事実を伝えた。彼は観念したように肩を落とし、「もう、全部終わりですね」とつぶやいた。
「終わりじゃなくて、やり直しです」とだけ伝え、私はその場を去った。司法書士としてできるのは、そこまでだった。
「シンドウ先生、ちょっとカッコよかったです」とサトウさんが皮肉交じりに言った。

登記簿に残る小さな正義

事件が終わったあと、訂正された登記簿を見ながら私は小さくため息をついた。そこには、本来あるべき名前が、静かに刻まれていた。
どんなに派手な事件も、最終的にはこの一冊の帳簿の中に吸い込まれていく。まるで何事もなかったかのように。
やれやれ、、、と呟きながら、私は静かにページを閉じた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓