登記簿が示す沈黙の証言
盆も正月も関係ない、そんな日がもう何年も続いている。今朝も電話が鳴った。朝イチから仕事の電話だ。 声の主は妙に焦っていて、でもどこか不自然な落ち着きもある。不在者財産管理の相談だと言う。 ちょっとした違和感が、僕の頭のどこかに引っかかったままだった。
不在の依頼人からの電話
相談者は、兄が長年音信不通になっており、その不在を理由に土地の処分を進めたいという。 だが、電話を切ったあと、僕は何か妙な感覚に襲われた。声が、どこかで聞いたような気がしたのだ。 履歴を確認しても発信元は非通知。モヤモヤが胸に残った。
忙しさの中の小さな違和感
午後は相続の相談、夕方は会社設立、夜はオンラインで遺言書の打ち合わせ。めまぐるしく時間が過ぎていく。 でも朝の電話がどうしても頭から離れない。なんとなく、あの口調と間の取り方が引っかかるのだ。 まるで「誰かを演じていた」ような違和感だった。
取引先の名義に潜む影
週明け、不在者名義の土地の登記簿を確認すると、住所は20年前から変わっていなかった。 郵便は戻ってこず、隣人も行方を知らないという。だけど、謄本の「ある一点」が目に留まった。 平成十七年、所有権の保存登記。そこに、見覚えのある司法書士の名前があったのだ。
空き家の登記簿が語る過去
現地に行ってみると、草木に覆われた空き家が建っていた。建物は今にも崩れそうだった。 僕はスマホのカメラで撮影しながら、ふと庭に目をやった。そこには、風雨に耐えた郵便受けがあった。 差し込まれたままの日焼けした手紙たち。その中に、宛名が今朝の相談者と同姓の封筒があった。
サトウさんの冷静な一言
「これ、完全に自作自演ですよ。声変えて電話して、自分に財産寄せようとしたんじゃないですか?」 サトウさんは書類をペラペラとめくりながら、事もなげに言った。僕は反論もできなかった。 確かに、書類の筆跡は一致しているし、兄の署名も不自然に新しい。
消えた所有者と偽られた相続人
さらに調べると、兄とされる人物は5年前に海外で死亡していた記録があった。 にもかかわらず、戸籍には死亡の記載がない。誰かがそれを意図的に止めていたのだろう。 死亡届を出さなければ、戸籍上は生きている。なるほど、そういうカラクリか。
町内会長の証言が崩すアリバイ
近所の町内会長に話を聞くと、最近まで空き家に灯りがともっていたという。 しかもその時期は、不在者財産管理の相談が始まる少し前だ。 つまり、相談者はすでに空き家に立ち入り、何かを準備していた可能性が高い。
残された遺産分割協議書の謎
書類の中には「遺産分割協議書」らしきものもあった。だが、そこに兄の署名はなく、印鑑も朱肉が新しい。 そして、その協議書の日付が、兄の死亡とされる日よりも後になっていた。 どう考えても整合性が取れない。証拠が証拠を否定している状態だ。
サザエさんと不動産あるある
「こういうの、サザエさんだと波平さんが激怒してカツオが正直に言って終わるんですけどね」 僕の言葉に、サトウさんは鼻で笑った。「波平さんが怒鳴るだけで事件は片付きません」 「やれやれ、、、」と僕は頭を掻いた。
判明する虚偽の登記原因
最終的に、不正な登記申請の痕跡が見つかり、警察に情報提供することになった。 僕が作成した報告書には、登記簿の変遷と証拠の流れを時系列で示した。 真実は、紙の上に静かに、でも確実に刻まれていた。
サトウさんの推理と僕のうっかり
事件の全貌はサトウさんの推理で明らかになった。僕は相変わらず、途中で印鑑証明を取り忘れたりしていた。 「だからちゃんとリスト作ってくださいって言ってるじゃないですか」サトウさんの塩対応も健在だ。 でも、最終的に事件は解決したし、司法書士としての面目はギリギリ保たれた。多分。
犯人が語る動機と沈黙の意味
後日、相談者だった人物が警察で動機を語った。借金、嫉妬、そして相続への執着。 「沈黙こそが、兄の復讐だったのかもしれない」そんな言葉を残したという。 登記簿に語らせたその沈黙は、確かに重い真実を内包していた。
やれやれまた登記簿に助けられたか
今回も、結局は登記簿が全てを語ってくれた。紙の中の時系列が、嘘を暴く。 僕は事務所のソファに沈み込みながら、缶コーヒーを一口。 「やれやれ、、、また登記簿に助けられたか」——そう呟くと、サトウさんがまた鼻で笑った。