登記簿に浮かぶ真実
朝の電話と奇妙な依頼
事務所の電話が鳴ったのは、まだ珈琲に口をつける前だった。着信表示は非通知、嫌な予感がした。出ると、少し震えた声の老人が「ある土地の所有者を調べてほしい」とだけ言い、詳細は来所して話すと一方的に切った。
サトウさんの冷たい予感
「また妙なのに関わるつもりですか」とサトウさんは眉ひとつ動かさずに言った。「やめといた方がいいですよ。こういう時はだいたい面倒なことになりますから」その言葉には、経験に裏打ちされた確信めいた冷たさがあった。
登記簿の中の不一致
依頼のあった土地の登記簿を見ると、確かに奇妙だった。現在の所有者欄には見慣れない個人名。しかし、数年前までは地元の旧家が所有していたはずの土地だ。相続や売買の記録が不自然な形で抜け落ちていた。
現地調査と消えた所有者
午後、現地へ向かってみた。住宅街の外れにぽつんと残る古い屋敷。近隣に尋ねると「何年も人の出入りはない」とのこと。しかも、登記上の新所有者の名前を出すと、誰も聞いたことがないと首を振る。
地元の噂と古い家の記憶
近くの駄菓子屋の老婆が口を開いた。「あの家はね、昔“カゲヤマさん”て人が住んでたの。戦後からずっと。でも、ある日突然、姿を消してね…」それは、記録と食い違っていた。登記では“サカイ”という人物が所有者になっていた。
役所で交わされた謎の会話
法務局で古い登記簿を閲覧すると、一度だけ“サカイ”の名前が仮登記された形跡があった。しかも、その後すぐに本登記に移されている。だが、その申請日と受付日が妙に接近していて、何かを急いで処理した痕跡が見えた。
サトウさんの推理が走る
「つまり、誰かが“カゲヤマ”名義の所有権を意図的に消したってことですね」とサトウさん。パソコンを操作しながら、「怪盗キッドばりの手際ですね、これは」と呟いた。その例えはなんだか場違いだが、妙にしっくりきた。
昔の登記と仮登記の罠
調べを進めると、仮登記の名義人“サカイ”は当時、カゲヤマ氏の後見人になっていたという情報に行き着いた。つまり、本人が気づかぬうちに後見人が仮登記を仕掛け、本登記に移行する流れを作ったということか。
司法書士会での不穏な情報
古い同業の先輩に尋ねてみると、サカイという司法書士が過去に不正登記で処分を受けていたという話を聞いた。その処分後に行方不明。まるで、怪盗ルパンが姿を変えて逃げ続けるようなものだ。
依頼人が語った真相の一端
再び来所した依頼人の老人は、実はカゲヤマ氏の甥だった。「叔父の家がいつのまにか他人の名義になっていて、不審に思ったんです」その言葉に、すべてが繋がっていく感覚があった。やれやれ、、、やっと核心に届いたようだ。
土地と遺産と兄弟の確執
カゲヤマ氏には兄弟が多く、財産を巡る争いも激しかったという。サカイはその一部の人物に取り入り、後見人の立場を得た。登記の裏で行われた人間関係の暗い渦が、いまようやく顔を覗かせた。
登記簿から見えた過去の罪
その後、登記手続の経緯を洗い直した結果、後見制度の悪用と虚偽申請が明るみに出た。サカイは既に死亡していたが、彼の操作した記録は登記簿という名の証拠にきっちりと残っていた。
サザエさんの家を思い出す
依頼人と一緒に古家を訪れると、昭和の面影をそのまま残した木造家屋。「なんか、サザエさんの家みたいですね」とぽつり。笑えるようで笑えない。そこには、誰かの人生と誰かの嘘が積み重なっていた。
やれやれと言いながら決着へ
「手続き的にはややこしいけど、登記を更正する余地はありますよ」と言いながら、書類に目を通す。やれやれ、、、これだからこの仕事はやめられない。面倒くさくて、でも、どこかに正義が残っている。
登記簿に書かれた最後の名前
登記の訂正申請が受理されたのは、数週間後のことだった。新たな登記簿には、カゲヤマ氏の名前が復活していた。法の力が、ほんのわずかでも人の無念を癒すことがあるなら、俺の仕事にも意味があるのかもしれない。
事件は解決するが心は晴れず
「お疲れさまでした」とサトウさんが言ったきり、キーボードを叩く音だけが事務所に残った。依頼人は深く頭を下げて帰っていったが、俺の胸の中には妙なモヤが残っていた。たぶんそれが、司法書士の宿命なんだろう。