謎の電話と空き家の所有者
日曜の朝にかかってきた一本の相談
朝の味噌汁を火にかけたまま、事務所の電話が鳴った。珍しく、日曜の午前中にかかってきたのは、近所の不動産屋の社長だった。「例の空き家、ちょっと見てほしいんだよ。なんか変なんだよ、登記が」。 私は思わずため息をついた。サザエさんなら波平が新聞を読んでる時間に、俺はもう登記簿とにらめっこか。日曜ぐらい、誰かに優しくされたいものだ。
登記簿上の所有者は既に死亡していた
調査を始めたところ、所有者として記載されているのは、5年前に死亡した人物だった。相続登記もされておらず、建物は放置されている。 しかし、妙だったのは、その人物が亡くなった後に、所有権が一度別の名義に移っている痕跡があったことだ。さらにその名義人も今は抹消され、再び亡くなった所有者に戻っている。 まるで“登記の幽霊屋敷”だ。誰かがこの空き家を使って何かを隠している。
依頼人の疑念と不自然な書類
生きているはずの相続人が消えている
依頼人である不動産屋の話では、本来この物件の相続人であるはずの女性が、突然連絡が取れなくなったという。しかも、最近まで確かに彼女は近くに住んでいたらしい。 どこに行ったのか、誰が彼女を消したのか、そしてなぜ。まるで怪盗キッドに狙われた宝石のように、忽然と消えていた。
遺産分割協議書に潜む矛盾
不動産屋から預かった遺産分割協議書を見て、私は違和感を覚えた。印鑑証明書の日付が、相続人の失踪後の日付になっていたのだ。 つまり、いなくなったはずの人物が、書類上では元気に印鑑を押していることになる。サインがミステリー漫画に出てくる“偽装工作”レベルに雑だったのも気になる。 やれやれ、、、こういうのは、書類だけで片付けられる話じゃない。
サトウさんの調査と一枚の古い写し
保存登記簿の写しが示す別の名前
「これ、前の保存登記簿なんですけど」 サトウさんが無言で机の上に出してきたのは、10年前の登記簿の写しだった。そこには、今の抹消された名義人が、実はすでに過去に所有していた痕跡が残っていた。 つまり、名義は一度戻されたふりをして、実際はずっと彼の支配下にあったのだ。巧妙すぎる、まるでルパン三世が仕掛けたトリックのようだった。
不可解な抹消登記の痕跡
さらに詳細を見ていくと、抹消登記の原因が「契約解除」となっているが、その契約書が法務局に提出されていない。 抹消理由の根拠が曖昧なのに、登記が通っているということは、関係者の誰かが手を回した可能性がある。 その時点で、これはただの登記ミスではなく、意図的な“操作”だと確信した。
かつての住人と近隣住民の証言
空き家に夜な夜な灯りがついていた
私は夕方、近隣住民に話を聞きに行った。すると、ひとりの高齢女性が「夜になるとね、あの空き家、灯りがついてたのよ」と言った。 幽霊屋敷じゃあるまいし、死んだ人が帰ってくるわけじゃない。しかし、通電も止まってるはずの家に灯りがつくのはおかしい。 裏口の鍵が壊れていたという話も出てきた。何かがある、確実に。
声を潜める管理会社の担当者
管理会社に電話をすると、担当者はなぜかどもっていた。「いや、それはですね、、、管理の範囲外というか、、、あの、その、、、」 追及すると、「個人的な事情で、名義変更の手続きに協力したことがある」と白状した。要するに、金で動いたらしい。 これで登記操作のパズルは一気に揃った。あとは決定打が欲しい。
決定的な証拠と語り始めた過去
登記原因証明情報の裏に潜んだ操作
かつて抹消された登記の原因証明情報を取得した。そこに貼り付けられた委任状の日付と、本人確認書類の有効期限が一致していない。 つまり、後日捏造された書類だった可能性が高い。そしてその委任状には、例の失踪した相続人の名前が使われていた。 すべてがつながった瞬間だった。
司法書士としての一手が事件を動かす
私は、その資料一式をもって、警察に「これは不動産登記を利用した詐欺だ」と提出した。 しばらくして、その不動産の元名義人が逮捕され、失踪していた相続人も保護された。無理やり押印を強要されていたという。 サトウさんは言った。「だから言ったじゃないですか、怪しいって」。まったく、素直に言うのも悔しいが、頼りになる。
終わりと始まりの登記簿
沈黙していた登記簿が語った真実
結局、登記簿というものは、黙っていても嘘は記録できないようにできている。嘘をつくのは、そこに書かせようとする“誰か”だ。 今回はたまたまうまくいったが、同じようなケースはきっと他にもある。司法書士なんて地味な仕事だけど、時にこうして真実を浮かび上がらせることもある。 やれやれ、、、これでまた一件落着か。だけど、冷めた味噌汁を食べながら、俺は思った。日曜ぐらい、のんびりしたい。