旧登記簿の違和感
午前九時。どんよりした雲と同じく、どんよりした気分で法務局の閲覧室にいた。ある依頼の土地の権利関係を確認していたのだが、どうにも腑に落ちない記載があった。改製原簿の中に、今の登記簿には存在しない一つの名義が刻まれていた。
それが誰なのかはっきりしない。だが、その一行はまるで忘れられた過去の足跡のように、薄く、しかし確かにそこに存在していた。
依頼人の態度の変化
「すみませんが、登記関係はすべて確認しましたので……」と依頼人の男性は急に帰りたがった。登記に気になる点があると話した瞬間だった。
それまで穏やかだった態度が一変したその様子は、まるでサザエさんが波平に雷を落とされて慌てて畳に正座する瞬間のようだった。
サトウさんの冷静な分析
「この女性名義……婚姻関係か贈与か、何かが消えてますね」
事務所に戻り、資料を見せるとサトウさんが呟いた。冷静にキーボードを叩きながら、旧戸籍や閉鎖登記簿の存在を示唆する。
さすがだ。俺が見落とした視点を、彼女はすぐに突いてくる。うう、やれやれ、、、またか。
怪しい婚姻届の痕跡
役所での調査によると、20年前に一度婚姻届が出されていたが、いつの間にか無効になっていた記録があった。
それが改製原簿に残された「もう一人の妻」だった。しかもその女性は、いま依頼人が住む家の前の名義人でもあったのだ。
サトウさんの調査報告
「どうやら、その女性……実は行方不明扱いですね。戸籍上は死亡もしていない」
サトウさんが静かにプリントアウトを差し出す。そこには詳細な住民票の履歴と、不自然に空白がある欄があった。
調査の結果、この空白期間に彼女が住んでいた場所の記録が一切なかった。消されたのだ。
真夜中の電話
「あの人は……死んだんです。いや、殺したんです。私が」
非通知の番号から、震える声でかかってきた一本の電話。まるで探偵漫画のモノローグのように、感情のこもらない告白が続いた。
犯人は依頼人本人だった。その動機は、遺産相続と世間体。それが愛憎劇の始まりだった。
改製原簿が語る真実
すべては改製原簿に残された一行から始まった。彼はそれを「消した」はずだった。
しかし登記の歴史は紙一枚で変えられるものではない。記録は消しても、誰かが見つければ終わる。
この世界では、紙が証言者になる。
警察の動きと証拠の重み
その後、彼は逮捕された。証拠は、改製原簿と、数通の手紙。
内容は愛と呪いのような言葉の連なりだった。時には紙切れがナイフより鋭く人を刺す。
司法書士が手にするそれは、時に凶器にもなるのだ。
やれやれな結末
「本当、余計な一言が命取りですね」
サトウさんが吐き捨てるように言った。俺はただ、肩をすくめるしかなかった。
やれやれ、、、俺の仕事は、推理作家より地味で、でも、時々やたらと重たい。
もう一人の妻は今
彼女の行方は、実はまだ分かっていない。死体も証拠も、確定はしていないのだ。
だが、戸籍上彼女は「消された」ままだ。改製原簿にだけ、ひっそりと残る名前。
その一行が、彼の人生を狂わせたのだとしたら、法務局のファイルの中には、まだまだドラマが眠っている。