曇った相続相談
古びた戸籍謄本と一通の委任状
私のデスクに積まれた書類の山の中に、やけに黄ばんだ戸籍謄本と、一通の委任状が混ざっていた。差出人は「故・山岡光雄の長男 山岡弘樹」。父親の死後、土地の名義変更の依頼とのことだった。 委任状の日付がやや古いのが気になったが、よくある話だ。依頼人の連絡先に電話をかけると、機械的な応答音だけが返ってきた。
サトウさんの塩対応とコーヒーの香り
「シンドウ先生、また相続ですか。好きですねえ、死人の後始末」 サトウさんが机にコーヒーを置きながら言う。彼女の言葉は鋭いが、なぜか傷つかないのが不思議だ。 「ああ、俺の人生、死人と書類ばかりだよ」とぼやくと、彼女は鼻で笑った。
父が残した最後の登記簿
司法書士シンドウの愚痴が止まらない朝
朝からプリンターの調子が悪く、紙詰まりと格闘していたところに役所からの郵便が届く。中身は登記簿謄本の写しだった。 見ると、山岡家の土地の名義が10年前に移転していた。だが、その移転先がなんと、既に他界した父親本人になっている。 「おいおい、、、死人に土地かよ。ゾンビ登記ってやつか?」思わず声が漏れる。
一つだけ不自然な所有権移転
名義変更の理由欄に「売買」と記されていた。だがその年月、父は病床にあったはずだ。しかも売主は赤の他人。 「おかしいな、、、この取引、何かが変だ」 サトウさんが覗き込んできた。「たぶん、それニセ印鑑ですね」
相続人の中に見えない誰か
「この人、誰ですか」
提出された戸籍の中に、見慣れない名前があった。山岡美津子。弘樹の姉らしいが、彼からは何も聞いていない。 さらに不思議なのは、美津子が10年前にこの土地を一度、父・光雄に売却していることになっている。 だがその後、美津子の足跡はぷっつりと消えていた。
いびつに繋がる土地と名前の一致
法務局の職員に頼み、当時の登記申請書を調べてもらった。記名は確かに山岡美津子。だが、署名の筆跡が他の資料と一致しない。 「誰かが彼女になりすまして、名義を動かした、、、?」 私の背筋がぞくりとした瞬間、サトウさんが呟いた。「怪盗キッドでもいたんですかね、ここ」
昔の名義の闇に迫る
亡き父が買っていない土地
近所の古株の不動産屋に話を聞きに行った。すると「その土地、昔は山岡じゃなくて川村さんちの名義だったよ」と言う。 記録をたどると、不自然な名義変更が重なり、10年前に山岡名義に。だが実際の取引が行われた形跡はない。 紙の上だけで土地が動いている。まるでどこかのスパイ映画のようだ。
手書きのメモとルパン三世のDVD
山岡家に残された父の部屋には、古いルパン三世のDVDがずらりと並び、その間に紛れるようにして一枚の手帳があった。 「地目変更失敗 あいつのせいで全部パーだ」 そこにはそんな走り書きがあった。「あいつ」とは誰だ? 名義の改ざんと関係あるのか?
抵当権の抹消に潜むトリック
銀行印が違う
さらに調べていくと、当該土地にはかつて銀行の抵当権が設定されていたが、抹消登記がされている。 しかし、その印影がどう見ても現在使われている銀行印と違うのだ。 私は旧職員の知人を通じて裏を取った。「やっぱり偽造です。しかもプロの仕事ですね」
シンドウのうっかりが真相を導く
印影を拡大コピーしようとしてスキャナのフタを閉め忘れた。モニタに写ったぼやけた印鑑画像を見て、逆に本物との違いに気づく。 「やれやれ、、、こんな偶然に助けられるとは」 サトウさんがクスッと笑った。「さすが元野球部。ヘッドスライディングで拾ってくるんですね」
誰が名義をいじったのか
地元の古い司法書士との面会
件の名義変更を担当した旧知の司法書士に話を聞きに行った。彼は言った。「あれは依頼されたけど、なんか変だったんだよな」 事情を詳しく聞くと、依頼に来たのは山岡弘樹ではなく、その姉・美津子を名乗る別人だったという。 筆跡も会話も、どう見ても素人の芝居だったと。
やれやれ、、、怪しいのは身内だったか
結局のところ、父・光雄が他人名義で残そうとしていた土地を、息子の弘樹が偽装して取り戻そうとした。 だが、その手法がまずかった。誰かを装い、銀行印すら偽造してまで。 「やれやれ、、、司法書士の出番ってのは、たいてい人の欲が絡むもんだ」
サトウさんの推理が刺さる
「たぶん、これですよ」
彼女が差し出したのは、ネットで見つけた古い新聞記事。そこに映る女の顔は、美津子にそっくりだった。 が、名前は「藤村リエ」。つまり偽名だったわけだ。 藤村リエは詐欺容疑で一度逮捕されている。どうやら彼女が話を混乱させた張本人のようだった。
旧印鑑証明書が語る真実
役所で保管されていた古い印鑑証明書の筆跡と、登記申請書に記載された筆跡が一致した。 藤村リエは、美津子になりすまし土地を動かし、その後行方をくらませていた。 すべてのピースが揃ったとき、私はため息をついた。「やれやれ、、、また眠れない夜が増えるな」
名義変更の裏にあるもう一つの動機
親族トラブルと戦後の土地取引
昭和の終わり、山岡家の土地をめぐる親族トラブルがあったという証言が得られた。 父・光雄は表立って関われなかったが、その土地に執着していたのは確かだった。 名義を自分に戻すために、こっそりと動いていたのかもしれない。
シンドウの怒りと優しさ
偽装を主導した弘樹に対して、私は怒りよりも哀しみを感じていた。 「なぜ、きちんと話してくれなかった」 でも彼は黙ったままだった。その瞳には、父に認められなかった長男の哀しみがにじんでいた。
登記簿を通じた父の告白
遺言では語れなかった理由
父・光雄は正式な遺言を書かなかった。それがすべての混乱を生んだ。 だが登記簿には彼の執念と、土地への未練が刻まれていた。 「書類も、証文も、親父の声には敵わないな、、、」私はそう呟いた。
土地よりも重い過去の清算
弘樹は、父に認められたかった。それが土地を取り戻すという行動に繋がった。 法に背いたことは罰せられるべきだが、心情としては理解できる気がした。 登記が語るのは、単なる所有権だけではない。家族の物語でもあるのだ。
最後の申請書に思いを込めて
サトウさんの無言の頷き
必要な是正登記を準備しながら、私は深いため息をついた。「これでやっと、この土地も休めるかな」 サトウさんは黙って頷いた。それだけで、なんだか救われた気がした。 彼女の冷静な目は、時に言葉よりも多くのことを教えてくれる。
「今回は、俺じゃなくて父が主役だな」
書類に捺印していると、ふとそう呟いていた。 事件の解決者は私だったかもしれない。だが、真に語りたかったのは父だったのだ。 私はそっとペンを置き、窓の外を見た。「やれやれ、、、司法書士ってのは、やっぱり裏方だな」