第一章 不穏な依頼
奇妙な依頼人の来訪
8月の蒸し暑い午後、事務所の扉がギイと音を立てて開いた。中に入ってきたのは、年の頃は五十代半ばの男性。古びたスーツに身を包み、どこか所在なさげな目をしていた。 「土地の名義変更をお願いしたいんですが」と、彼はかすれた声で切り出した。
サトウさんの冷たい視線
応対に出たサトウさんは、冷えたアイスコーヒーを片手に言った。「書類、全部揃ってますか?」。一分の無駄も許さないような口調に、男は軽くうなずくだけだった。 書類に目を通すサトウさんの眉がぴくりと動く。その仕草を見逃す私ではない。何か、ある。
第二章 消えた売主の謎
登記申請書の不備
男の提出した申請書は一見整っていたが、売主の印鑑証明がどうにも古すぎた。発行日は三ヶ月前。しかも同日、同名義の別の不動産にも同様の登記がなされている形跡がある。 「これは、、、なんかキナ臭いな」と私は呟いた。
所有権移転が語る過去
登記簿を丹念に追っていくと、その土地は過去に何度も所有者が変わっていた。だが、変なことに、登記原因が「売買」ではなく「遺贈」となっているものがあった。 「遺贈? まるでサザエさんで波平が土地をカツオにあげるみたいな感じだな」私は冗談交じりに言ったが、サトウさんは無反応だった。ま、いつものことだ。
第三章 過去の取引と現在の影
古い登記記録の中の違和感
古い手書きの登記記録を閲覧していた時、一つの住所が目に留まった。現在の地番とは異なっているにも関わらず、関係書類では同一地番として扱われていたのだ。 つまり、土地そのものが“別物”として取引されている可能性があった。
地元不動産屋との接触
「この土地、昔は畑だったはずですよ」地元の不動産屋の店主は言った。「でもね、最近急に誰かが境界杭を打ち直してるんですよ。夜中にですよ、夜中に」 背筋がすっと冷えた。境界を曖昧にすることで、不動産の価値を操作している者がいるのだ。
第四章 嘘と真実の境界線
事実を語らない証言者たち
過去の所有者の一人に連絡をとったが、口が重い。「もう済んだことだから」としか言わない。電話の背後からは誰かに監視されているような気配さえした。 これは普通の登記ではない、事件の匂いがする。
消えた契約書の行方
役所で謄本を取り寄せると、過去に存在したはずの契約書の写しが抜けていた。受付の女性は「保存期間切れですね」と涼しい顔。 だが、そんなはずはない。何かが故意に“消されている”のだ。
第五章 サトウさんの仮説
地番が指し示すもう一つの現場
「これ、二重登記されてる可能性がありますね」サトウさんは淡々と言った。その言葉に背筋がぞくりとする。 「同じ地番が、違う筆で登記されてるかもしれません」。まるで、見えない土地がもう一つ存在しているような話だった。
地図に残された手がかり
登記地図を元に現地を歩いた。すると、地図には存在しないはずの古いブロック塀が見つかった。塀には、消えかけた“○○不動産”の名があった。 これは偶然ではない。明らかに、過去の痕跡が意図的に隠されていた。
第六章 登記簿に浮かび上がる動機
本当の所有者は誰なのか
一連の記録を整理し、浮かび上がったのは“架空の売主”の存在だった。かつての所有者が死亡していたにも関わらず、その名義で売買が続いていたのだ。 つまり、誰かが死人を使って取引を演出していた。
名義変更の裏にあったもの
名義変更のたびに発生する登記費用。その名義変更を代行していた司法書士の名前を見て、私は息を呑んだ。 「、、、俺の、名前?」。冗談じゃない。完全に偽造された印鑑と職印が使われていたのだ。
第七章 追い詰められた嘘
意外な人物の登場
すべての線が一本につながったとき、依頼人の背後にいたのは、かつて司法書士として懲戒を受けた男だった。彼は表向き引退していたが、実は影で活動を続けていた。 「君の事務所の名を使えば、誰も疑わんよ」とニヤリと笑った。
そして崩れる偽装工作
私は速やかに法務局へ連絡し、偽造の証拠を提出した。複数の登記が一時的に差止められ、事件は表沙汰に。 男は逮捕され、私はようやく自分の潔白を証明できた。
最終章 やれやれ事件は解決した
シンドウの推理と結末
「やれやれ、、、結局、僕が一番疑われてたんだからたまったもんじゃないよ」私はコーヒーをすする。サトウさんは「最初からおかしいと思ってました」と言って、机を拭いていた。 事件は終わったが、登記簿は何も語らない。ただ、そこにあるだけだ。
サトウさんの冷たい笑み
「そういえば先生、印鑑登録カード、事務所に置きっぱなしにしないでください」 サトウさんの冷たい視線に、私は頭をかくしかなかった。 「、、、次から気をつけます」。この事務所で、私が一番うっかり者なのは間違いないらしい。