二度書かれた遺言書
曇り空の相談室に現れた依頼人
季節外れの肌寒い風が吹き込む午後、事務所のドアが静かに開いた。 入ってきたのは、黒い喪服に身を包んだ初老の女性だった。彼女はゆっくりと椅子に腰掛け、「遺言書を書き換えたはずなのに…」と呟いた。
矛盾する二通の遺言書
机の上に並べられたのは、確かに日付の異なる二通の遺言書だった。 一つは長男に全財産を残す内容、もう一つは次男へ分配するというもの。筆跡は似ているが、微妙に違和感がある。
財産をめぐる兄弟の火種
「長男さんとはあまり関係が良くなかったと聞いています」とサトウさんが淡々と話す。 依頼人は曖昧に笑いながら、「ええ…まあ、そうですね」と目を逸らす。 家庭内の対立が、死後にまで波紋を広げているようだった。
不自然な印影と余白
「この印影、妙に滲んでませんか?」とサトウさんが言った。 確かに、一方の遺言書には朱肉のにじみが不自然に広がっている。さらに紙の余白が歪んで見える。 まるでどこかで後から差し替えられたような不安定さがあった。
死亡日と筆跡の食い違い
「筆跡、微妙に揺れてるんですよ。震えがない」 司法書士としての経験から、死期が近い人の文字ではないとシンドウは思った。 亡くなった日よりも後に書かれた可能性を疑わざるを得なかった。
忘れ去られた一枚の診断書
「これ、病院から届いてた書類の束に紛れてました」 サトウさんが差し出したのは、死亡確認書と診断メモ。そこには、夫が亡くなる二日前から意識を失っていたと記されていた。 つまり、二通目の遺言を書く余力などなかったということになる。
サザエさんの再放送と嘘の時間
「その夜、テレビで何をご覧になってました?」 長男が堂々と答えた「サザエさんの再放送」という言葉に、シンドウは思わず身を乗り出した。 「やれやれ、、、それは火曜日には放送されてませんよ」とカレンダーを指差した。
真犯人は誰だったのか
偽造された遺言書を書いたのは、長男の妻だった。 彼女は家族を守るため、夫に頼まれたと偽り、筆跡を真似て作成していた。 その動機は、義父が残した借金を避けるためだった。
遺言執行者の重み
「正しい遺言書をもとに、遺言執行を進めます」 シンドウは淡々と説明し、必要な手続きを整理していく。 依頼人は深く頭を下げ、涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。
サトウさんの一言で全てが締まる
「だから最初に言いましたよね、筆圧が不自然だって」 サトウさんは涼しい顔で言い、空になったコーヒーカップを片手に立ち上がった。 「まあ、これでまた普通の地味な書類地獄ですね」
書類山積みの机に戻って
事件が終わっても、日常は変わらない。机の上には未処理の申請書類が積み上がっていた。 「やれやれ、、、結局、どんなに人助けしても、オレの机は片付かない」 シンドウは溜息まじりに椅子に沈み、ペンを手に取った。
最後の封筒に潜んでいたもう一つの火種
無造作に封を開けた最後の一通には、別の土地の登記申請が同封されていた。 「…あれ、これって相続人、五人いるじゃないですか」 思わず口をついて出た言葉に、サトウさんのため息が重なった。
次の来訪者の影
事務所のドアが再び開いた。見慣れない若者が立っていた。 「遺言が…燃やされてしまったかもしれません」 静かに、また一つの謎が始まろうとしていた。