ファックスが見た真実

ファックスが見た真実

朝の静寂を破った受信音

朝の事務所は静かだった。まだ誰も来ていない時間帯に、ピピッという電子音が室内に響いた。
その音に、俺は椅子からのけぞるようにして反応した。まるで犯人からの挑戦状でも届いたかのような気配だった。
ファックスの受信音。それが、すべての始まりだった。

紙に刻まれた奇妙なメッセージ

印字された紙には、不動産の地番と所有者名、そして「至急登記を」という手書きのメモ。
だが、送信元番号は非通知。差出人の名もない。不思議なことに、登記の依頼があった記憶もない。
その内容に、胸の奥に小さな違和感が灯った。

サトウさんの冷たい一言

「……これ、昨日の夜にも届いてましたよ。見てなかったんですか?」
サトウさんが冷たく言い放つ。背筋が凍った。俺が見落とした?それはまずい。
「いや、それはその……やれやれ、、、昨日は帰りが遅くてさ」と弁解するが、サトウさんはすでにパソコンの画面へ視線を戻していた。

依頼人は不在のまま

登記の対象となるはずの依頼人に連絡を取ろうとしたが、電話はつながらず、メールも返ってこない。
仕方なく住所を頼りに現地へ向かったが、そこには古い空き家があるだけだった。
ポストにはチラシが詰まり、玄関の新聞受けには雨に濡れた封筒が張り付いていた。

登記に必要な書類が届かない理由

そもそも登記に必要な委任状や印鑑証明が揃っていない。FAXにあったのは、地番情報と指示だけ。
「このままじゃ何もできませんね」とサトウさんが淡々と言う。
だが俺は、なぜかこの件を放っておけなかった。何か、引っかかる。紙の隅に書かれた「至急」の文字が、妙に重く感じられる。

留守番電話に残された声

その夜、ふと事務所の電話機に残された留守番メッセージを思い出した。
再生すると、かすれた男性の声が「……死ぬ前に、頼む。間に合わせてくれ……」と言った。
声の主に聞き覚えはなかったが、背筋に冷たいものが走った。

消えたFAXの正体

翌朝、再度FAXを確認しようとしたが、肝心の用紙が見当たらない。
「ゴミ箱にはなかったです」とサトウさん。どうやら誰かが持ち出したようだ。
まるで証拠隠滅のように、それは忽然と姿を消していた。

通信記録が語る矛盾

FAX機の通信ログを見てみると、送信元は「市役所福祉課」になっていた。
だが、市役所に確認しても「その時間にFAXは送っていない」との返答。
誰かが送信元を偽装していたのだとしたら、これは単なる登記の依頼ではない。

サトウさんが見つけた一枚の送信控え

「これ、コピー機の裏に落ちてました」と差し出された紙には、FAX送信時に自動印字されるレポートが。
送り主の番号と日時、送信内容のサムネイルがかすかに残っている。
そこには、「至急」の文字の横に、小さく「遺言書コピー在中」と書かれていた。

司法書士シンドウの勘違い

俺は勘違いしていた。これは登記の話じゃない。遺言の存在を知らせる最後の手段だったのだ。
急死した老人が、自分の死後に唯一頼れそうな司法書士に託したメッセージ。
俺は、それをただのFAXと思ってしまっていた。

思い込みが招いたすれ違い

「依頼人が不在」というより、依頼人はすでにこの世にいなかった。
家族にも見捨てられ、最後に頼ったのが俺だった。
やれやれ、、、俺は時々、大事なことを見落とす。

元野球部のカンが冴えた瞬間

ふと、思い立って遺言書に書かれた地番で法務局の調査をかける。
すると、直近で名義変更されていた形跡がある。しかも、不審な第三者へ。
これは相続人の誰かが、遺言を無視して勝手に登記した可能性が高い。

サトウさんの仮説と検証

「もしかして、その遺言書があれば、今の登記は無効になるかもしれませんね」
サトウさんがさらっと言ったその一言が、すべてを動かす鍵になった。
俺たちは家庭裁判所に遺言検認の申立てを行い、正規の手続きに乗せることができた。

送信時刻のズレが意味するもの

後日、送信ログと遺言書の発見日時を照合してみると、FAXは老人が亡くなる一時間前に送信されていた。
最後の力を振り絞って送信した、まさに命を削ったメッセージだったのだ。
それを俺が受け取れたのは、偶然じゃない。そう思いたかった。

解決とその余韻

遺言書は無事に効力を発揮し、財産は老人の想い通り、長年離れていた娘へと引き継がれた。
感謝の手紙と一緒に届いたのは、彼が使っていたFAXのコピーだった。
「信じてよかったです」と走り書きされていた。

真実を伝えたのは機械だった

人は死んでも、機械は真実を残すことがある。
あのFAXがなければ、俺は何も知らないまま、ただの登記漏れとして処理していた。
沈黙の中で、ただ受信した一枚の紙が、すべてを語っていたのだ。

いつも通りの静かな午後へ

事件のあとも、事務所は何も変わらず、静かに業務が続いている。
ただ、FAXの音が鳴るたび、少しだけ耳を澄ますようになった。
やれやれ、、、また何か届くんじゃないかと、つい構えてしまうのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓