午前十時の依頼人
古びた登記簿と怯えた男
僕の机の前に座っているその男は、まるで幽霊でも見たかのような目をしていた。 握りしめた封筒には、くしゃくしゃになった登記簿の写しが入っている。 「この土地、どうしても“何か”がおかしいんです」と、彼は声を震わせながら言った。
ただならぬ雰囲気と曖昧な記憶
土地の権利関係というのは、時に家系図よりも物語を語る。 だが、その物語が矛盾していたら——誰かが筆を加えたということになる。 僕は書類を見つめながら、なぜか背筋がぞくりと寒くなった。
影の差す土地
閉ざされた山間の空き家
目的地は山あいの村にあった。そこは「タマが迷子になりそうな道」とサザエさんに例えたくなるような、曲がりくねった坂道の果て。 かつて人が住んでいた気配はあるが、今はただ風の音だけが支配していた。 僕とサトウさんは黙ってその空き家を見上げた。
登記簿に残る名義の謎
名義は“誰かの名”であるべきだ。しかし、そこに書かれていたのは存在しない人物だった。 住民票にも、戸籍にも見当たらない。まるで架空の登場人物だ。 「やれやれ、、、これは厄介だぞ」と、僕は思わず口にしていた。
サトウさんの冷静な指摘
地番の食い違い
「シンドウさん、この地番、こっちの資料とズレてます」 彼女が指で差したのは、ほんの一文字の違いだった。だが、その一文字が別の土地を意味する。 それは、誰かが意図的に“ずらした”と考えなければ説明がつかないズレだった。
古地図に見る違和感
「ここの道、昔はなかったみたいです」 そう言ってサトウさんが開いたのは、昭和初期の古地図だった。 そこには、現在の地図にはない小屋と、今と違う筆界が記されていた。
登記簿と消えた相続人
十五年前の火事
村の住民に聞いた話によれば、その土地では十五年前に火事があったらしい。 焼け跡には身元不明の遺体が一体——と記録されていたが、その後、登記簿は何故か動かなかった。 まるで死者が名義を持ち続けていたような不気味さがあった。
誰も知らない相続放棄
戸籍をたどると、一人だけ放棄届が出された記録があった。 しかし、その人物の存在自体を知る者はいない。本人確認の記録も不明瞭。 「これ、偽造されてるかもな」と呟いたサトウさんの目が、まるで探偵漫画のヒロインのように鋭く光っていた。
やれやれ、、、動き出す影
土地の価値と動機
調べれば調べるほど、この土地が再開発計画の対象区域に含まれていることが判明した。 つまり、価値が跳ね上がる見込みがあるということだ。 「人は金の匂いで過去を塗り替えるんですよ」と、依頼人が自嘲気味に漏らした言葉が耳に残った。
不在通知と偽の委任状
登記に添付された委任状の筆跡は、依頼人の父親のものとされていた。 だが、彼が死亡したのは、その日付の一ヶ月前だった。 「まるで怪盗キッドでも出てきそうな展開ですね」とサトウさんが鼻で笑った。
裏帳簿の罠
帳簿に紛れた印影の秘密
地元の古い工務店に残っていた帳簿に、不自然な印影の控えが挟まれていた。 それは、火事で死んだとされる人物のものと一致していた。 つまり、彼は生きていた。あるいは、誰かが“なりすましていた”。
登記の前にあった一通の手紙
封筒には、焼け焦げた紙とともに「すべては俺のせいだ」とだけ書かれていた。 内容は不明瞭だが、登記変更の直前に投函されたことがわかった。 誰かが真実を暴かれる前に告白したかったのだろうか。
夜の山道と尾行
サザエさんの家族会議的混乱
「こんな時に限ってガソリンがないって、、、」僕は頭を抱えた。 どこかサザエさんの家族のように、いつも肝心なところでドタバタしてしまう。 だがその混乱の中に、真実のヒントが紛れていることもある。
登場する懐中電灯と穴の開いた靴下
尾行の夜、懐中電灯が揺れ、僕の足元には雨で濡れた土。 気づけば靴下に穴が空いており、「やれやれ、、、」と呟いた瞬間、 その先に、何かを埋めようとしている人影を見た。
サトウさんの推理
複数の影と一つの真実
「名義が複数の人間によって操作されてた可能性があります」 サトウさんは、まるでシャーロックホームズのように冷静だった。 登記簿の記録と実態との乖離。それがすべての始まりだった。
書き換えられた記録
調査の結果、法務局で確認された当初の記録とは異なる訂正印が、数カ所に渡って加えられていた。 誰が、なぜ、そんなリスクを冒してまで? その動機は、結局“家族”という言葉に辿り着くことになる。
最後に名義が語ったこと
影を落としたのは誰だったか
本当の名義人は、十五年前に行方をくらませていた“兄”だった。 彼は家族に見捨てられたと思い、名を捨て、他人のふりをして生きてきた。 登記簿の影とは、彼の後悔そのものだったのかもしれない。
シンドウのうっかりが功を奏す
僕が間違えて提出しそうになった「間違った申請書」。 その書類にだけ記載されていた旧住所が、すべてを解決する鍵となった。 「やれやれ、、、まったく、こんな終わり方があるなんて」と、僕は思わず笑ってしまった。
静かな朝に戻った事務所
冷めたコーヒーとサトウさんのため息
コーヒーはすっかり冷めていた。サトウさんは「だから火を入れておけって言ったのに」と冷たく言った。 でもその顔は、どこか満足げだった。 こうしてまた一つ、誰かの過去が“登記簿”に記されることになった。
次の事件はもうこりごりです
「じゃあ、次の案件は?」と僕が聞くと、 「三筆の土地と、二人の所有者と、一人の猫です」とサトウさんが答えた。 やれやれ、、、また一日が始まる。