朝一番の法務局
静かな受付と異様な空気
夏の湿気が残る朝、俺はいつものように市役所の隣にある法務局の自動ドアをくぐった。 サトウさんが持っていた登記申請書に、妙な違和感があったのは昨夜のことだ。 その違和感は、法務局の受付窓口に置かれた一枚の紙から確信に変わった。
見覚えのない登記申請書
俺の事務所が扱ったはずの書類だ。だが、書式が古い。フォントも微妙に違う。 登記官が言うには「昨日届いたばかりの抹消申請です」とのことだが、差出人の名義は俺じゃない。 見覚えがないどころか、俺が関与した形跡すら存在しないのだ。
依頼人は口を閉ざす
「何もなかったことにしてください」
午後になって現れたのは、小綺麗なスーツ姿の女性だった。 「この件、どうか穏便に……何もなかったことにしてください」 そう言って差し出された封筒には現金と、古びた委任状が入っていた。
強張る表情と握られた書類袋
握られたビニール袋の中には、登記原因証明情報らしき文書の写し。だが、日付が不自然だった。 提出された登記簿の写しも、なぜか最新のものではなかった。 「この人、何かを隠してるわね」とサトウさんが呟いた。
サトウさんの冷静な分析
法務局の登記簿と謄本を照合
事務所に戻ると、サトウさんは机に3枚の登記事項証明書を並べ、赤ペンでマーカーを引いていた。 「同じ物件に、二度同じ登記がされてます。しかも、日付が逆転してる」 その意味に気づいた瞬間、冷や汗が背中を伝った。
現れた二重登記の痕跡
法務局のシステム上では、抹消登記が完了している。 だが、紙の謄本では、まだ抵当権が残っているという記録。 二重登記。しかも、どちらも「正式な手続き」に則っているように見えた。
消された登記記録の謎
登記官の説明に潜む違和感
「登記の処理は、こちらで間違いなく完了しています」と登記官は言った。 だが、その処理の根拠となる書類が一切提示されない。 「処理のログを確認したい」と告げると、明らかに相手の顔色が変わった。
申請日付と押印の矛盾
押印の日付は令和4年、だが申請日は令和3年。 過去に遡って登記申請を出すなど、本来あり得ないことだ。 「どこかで、誰かが時間を弄った」とサトウさんが淡々と呟いた。
元名義人の足跡
転送届と消印が示す真実
名義人の住所に送った郵便物が、差出人不明で戻ってきた。 消印は3県離れた山奥の町。そこに、転送届が出されていたという。 俺は思わず「サザエさんかよ」とぼやいたが、笑える話ではなかった。
夜逃げか、それとも事故か
調査を進めるうちに、元名義人が事故死していた事実が浮かび上がった。 だがその死亡時期は、最初の登記申請より後。 「死人の名前で出された登記だなんて……やれやれ、、、これは厄介だな」
「やれやれ、、、」と呟く午後
コンビニ弁当と未解決の資料
午後3時。俺はコンビニで買った焼きそばパンとコーヒーを机に置き、深いため息をついた。 机の上には、未解決の謄本と調査書類が山積みだ。 どうやら、この件は単なる事務ミスじゃなさそうだ。
電話の向こうに微かな声
「その登記、うちが扱ったものじゃないんです。おかしいですよ」 昔付き合いのあった司法書士からの電話だった。 「名前を貸しただけなんです」と、声が震えていた。
暴かれる偽装相続
戸籍と遺産分割協議書の落とし穴
送られてきた戸籍謄本には、見知らぬ養子の記載があった。 それを根拠に遺産分割協議書が作られていたが、筆跡がどれも同じ。 偽造だ。あまりに雑な仕事に、逆に背筋が寒くなる。
サトウさんの一言が突破口に
「この養子、民法上の届出が存在しません。記録は戸籍だけ」 つまり、戸籍に載ってはいるが、法的な効力がない。 この一言で、事件の輪郭がようやく見えた。
登記の向こうにいた黒幕
司法書士に仕掛けられた罠
記録を精査すると、実務を行った司法書士は存在していなかった。 代行を装った闇の登記屋が、司法書士の職印を偽造していたのだ。 まるで某怪盗漫画の変装レベルだが、現実はシャレにならない。
不動産屋の意外な正体
仲介をしていた地元の不動産屋が、すべての登記に関与していた。 裏では金を流し、他人の名義で土地を回していた証拠も見つかった。 「土地は死なない、だから利用される」——皮肉な名言を思い出した。
真犯人の動機
借金と土地と復讐
金に追われた元従業員が、復讐のために仕組んだ計画だった。 登記の裏で復讐と金儲けを同時に果たそうとしたのだ。 残されたのは、偽装登記と一つの空き家だけだった。
「これで全部、終わったはずだった」
逮捕された黒幕は、小声でそう呟いたという。 「でもな、登記簿は喋らないようで、ちゃんと覚えてるんだよ」 それが、司法書士としての俺の答えだった。
沈黙を破る登記簿
法務局に戻された名義
最終的に名義は正しく修正され、事件は一区切りを迎えた。 だが記録として登記簿に残った痕跡は、ずっと消えない。 まるで「沈黙の証言」みたいに、そこに刻まれたままだ。
それでも終わらない日常
翌日、サトウさんが淡々と次の登記申請を持ってきた。 「はい、今日の分です。3件。あと、郵便局にも寄ってください」 やれやれ、、、事件は終わっても、俺の忙しさは変わらないらしい。